第3章 傷…
「あ、そうだわ。ねぇ、母さま? 花嫁衣裳はどんなのがいいかしら。やっぱり白無垢かしら…、それともフランス人形みたいにフワフワのドレスがいいかしら?」
シンとした食堂に、智子の無邪気にはしゃぐ声が響く。
そんな話、聞きたくないよ…
僕は耳を塞ぎたくなる気持ちで、目の前の珈琲のカップを手にした。
「おいおい、智子は気が早いな? 結婚とは言っても、まだ当分先の話だぞ?」
父様の声も、いつに無く弾んでいるような気がするのは、僕の思い過ぎだろうか…
「それに、肝心な返事はまだ貰ってないのだし」
そうだ。
潤はあの場で、“少し考えさせて下さい”と言ったきり、それ以上は何も言わなかった。
それはつまり、潤は智子との結婚を迷っているということになる。
それに母様も…
「母様はどう思うの? 智子と潤先生との結婚を…」
母様は潤のことをあまり良くは思っていない筈だ。
「賛成? それとも反対?」
「勿論賛成よね、母さま?」
その場にいた全ての人の目が、母様に集中した。
「智子の結婚には賛成します。あなたが決めた事ですから、私に口を出す権利はありませんから。でもあの男は智子を受け入れられるのかしら? 智子は普通の身体じゃ…」
母様はそこまで言うと、それまで一切崩すことのなかった表情を少し歪ませ、飲みかけの珈琲のカップを皿に戻して席を立った。
僕は母様の言葉の意味を理解出来ず、無言で食堂を出て行く母様の背を、ただ訝し気な視線で追った。
母様は何かを隠してる?
智子が普通の身体じゃないって、どういうこと?
智子は病気なの…?