第3章 傷…
父様が吸い込んだ煙草の煙を吐き出す。
そして智子に向かって”おいで”と言うように手を差し出した。
それに応えるように、智子は膝よりも少し長めのスカートの裾をひらりと翻し、父様の座る一人掛のソファーの肘置きに腰を降ろした。
智子のいなくなった右側が、少しだけ寂しい…
「何も今すぐ結婚というわけではない」
それは分かってる。
でも、でも…!
「お話は分かりました。で、そのお相手は? まさかこの方じゃありませんよね?」
母様がハンケチで口元を覆ったまま、冷たい視線を潤に向けた。
僕も、まさかと思いながらも、母様の視線を追うように、潤の方に顔を向けた。
そんなことある筈がない。
父様が智子の許嫁に、潤のような男を選ぶなんて…
ある筈がない。
お願い…違うと言って、父様…
でも、そんな僕の願いも虚しく…
父様は煙草を灰皿に揉み消すと、智子を膝の上に抱き、それは愛おしそうに智子の小さな手を撫でた。
「智子は潤を先生が嫌いか?」
「ううん、智子、潤先生好きよ?」
「そうかそうか、智子は潤先生を好いておるか…。ならば話は早い」
父様は満足気に顔を綻ばせると、徐に立ち上がり、歳の割には小柄な智子の身体をフワリと抱き上げた。
「ふふ、父様ったら、智子はもう赤ちゃんではないのよ? だってお嫁さんになるんでしょ?」
無邪気に笑う智子を、僕は見ていられなくて、思わず視線を逸らした。