第2章 【伊達軍】上弦の月【伊達政宗】
(…あれ、痛くない。)
気づくと私は政宗さんに抱きしめられて、その腕の中にすっぽりと収まっていた。
ほんのりと甘露煮の美味しそうな匂いが甘く香る。
こうして肌が触れるほどに近づいてわかる僅かな優しい白檀の香りがなんだかとても落ち着く。
(なんだろ…いいにおい)
「全く。お前は……危なっかしい。」
『す、すみません…。あの、ありがとうございます。』
そのまま、ひょいとお姫様だっこで抱えられて、政宗さんは小上がりの座敷にのぼり、布団の上にすとんと私を下ろして座らせ、
『っ、ちょ、あの、政宗さん?』
「お前が俺を自惚れさせたのが悪い。」
そう言って、ぎゅうっと抱きついてきた。
何が起こっているのか思考が追い付かずに、政宗さんからぼつりぽつりと溢れる言葉を拾う。
「瀬那、お前の隣は安心する……だから、これからも隣に置いてやっても悪くない………いや………一緒に、いてはくれないか…?」
まさかの言葉に、理解が追い付かず、思考がフリーズした。ただ、ただ、心臓が早鐘のように鳴った。
政宗さんは私の肩に顔を埋めていて、力の込められた腕が少し震えていた。
敵や厄魔を前にしての剣技の腕はたつし、窮地でも戦況をひっくり返すほどの逆境にも強い人なのに、
…なのに、今は、こんなにも儚い。
普段は仏頂面でつっけんどんで、
極度の恥ずかしがり屋の、
私の大切な人が、
ーー大好きな人がー
振り絞って伝えてくれた想いを
受け取らずにはいられないじゃないか。
愛せずにはいられないじゃないか。
いつかは元の世界に帰るのだから、
月牙族は、ただ、姫神子と同じ力を欲して私の血を求めるだけなのだから、どんな好意も、
勘違いしてはいけない。
期待してはいけない。
想いを寄せては、いけない。
そう自分で築いた心の柵が呆気なく決壊した。
その表情を伺うことはできないけれど、密着した身体から私の鼓動よりも速いんじゃないかと思うほどのドキドキとした拍動を感じていた。
嬉しくて、涙が溢れそうで、言葉にできなかった。
ただ、ぎゅうっと、政宗さんに強く抱きつくしかできなくていると、
「瀬那、迷惑…か……?」
と消え入るように政宗さんか囁いた。
ぶんぶんと首を横にふって、何か云わねばと声を絞り出す。
『…私、嬉しくて、死んでしまいそうです。』
