第1章 【織田軍】プロローグ/盃に月を映せば【丹羽長秀】
瀬那が何故、自分の身体に傷を作ってまで俺たちの役に立とうとすることが理解できなかった。
「役に立てるのは血だけ、だと?」
『…ええ。私には刀を振るうことはできないですから。
それに、私にとって神牙の世界で出会ったみなさんが大事な存在になってしまっているんです。皆さんのためになるなら、多少の傷なんて気にしません。』
「だからって、何故、こんなところから吸血させた?」
『っ!何故ってそんなの信長さんしか知りません!』
やだって言っても、信長さんに聞いてもらえるはずないし、でも、あの時、皆さんを守るには信長さんだって血が必要だったし…と俯きながら少し口を尖らせ言う。
が、これ以上俺以外の男の名をその声で言わせたくなかった。信長様が舌を這わせたであろう場所を、再度強めに吸うと瀬那から甘い吐息が漏れた。
『んっ…!長秀さん、やめ…っ!』
「消毒だ。それとも、信長様は良くて、俺はダメなのか?」
『違っ…、そういう意味じゃなくて、だって、長秀さん、もう私の血を飲んだじゃないですか!それに、その傷はとっくに塞がって…。』
「ああ、そうだな。」
『そうだな、って。…っ!?』
暗に嫌ではないことを確認して、心の中で安堵した自分の女々しさに苦笑した。勿論、瀬那には知られないようにだ。
だが、この状況でも尚、瀬那は俺が瀬那の血だけを求めていると信じて疑っていないらしいことに、いささか苛立った。
瀬那の身体をぐっと抱き寄せて、耳元で囁く。
「なぁ、あんたの血は稀少で、みんなが狙っている。だが、狙われているのは血だけだと思ってるなら、それは間違いだ。」
『?』
ったく、散々煽りやがって…。
これ以上我慢できるかよ…。
「瀬那。あんた、甘え上手になりたいんだろ?」
『えっ…!?』
昼間そんなこと言ってただろ?と問えば、聞いてたんですか!?と驚嘆の色を瞳に移して、顔を赤らめる。
そんな戯言を交わしつつ、
「俺が今欲しいのは、あんただ。瀬那。
こんな姿を俺に晒しておいて今更嫌だなんて聞かないからな?今夜は嫌っていうほど甘えさせてやる。覚悟しろよ?」
そう言い放ち、片手で帯を解き瀬那の身体から引き抜けば、しゅるりといい衣擦れの音が部屋に響いた。