第1章 【織田軍】プロローグ/盃に月を映せば【丹羽長秀】
優しく労るような吸血に全身が甘く痺れるようだった。
私の血を得た長秀さんは、白銀の髪が橙色を帯びた朱に色づいた。
一見近付き難い彼の内にある、優しさと情熱に色をつけたらこんな色なのかもしれない。
(あぁ、なんて綺麗……。)
心地よく力が抜けていく感覚に襲われていると、すぅっと唇の温度が遠くなり、不意に胸元を指がまっすぐに這った。
(……!…信長さんのっ…!)
それは一月ほど前、敵の奇襲を受けたときに、私から吸血するときに信長さんが私の胸元に短刀の切っ先で残した傷跡だった。
すでに傷は治っているけれど、未だに強く押すと少し痺れのような擽ったさがあって、思い出す度に赤面してしまう。
長秀さんが優しく触れるから、傷口から溢れる血を舐め取られた記憶が一瞬にして蘇り、意図せず身体が反応してしまう。
『…っ…ん…』
身体の温度が一気に上がるようだったけれど、長秀さんから傷跡の理由を問われても、恥ずかしくて目を合わせられず、どう説明していいかわからない。
俯くことしかできずにいると、徐に長秀さんが傷跡に舌を這わせた。
『……ん…ゃ…あっ……!』
長秀さんは舌を這わせたまま問う。
「こうされるのが好みなのか?」
胸元に口を寄せたまま話すからくすぐったいし、なにより恥ずかしい。
『…違っ……!』
「何故こんなところに刀傷を許した?」
『……そんな…許したつもりはなくて…』
「誰だ?こうやって吸血されたんだろう?」
『…それは………んぁっ!』
舌で強く擦られて変な痺れが背筋に走った。
(…もしかして、長秀さん怒ってる?)
「誰に?」
翡翠色の目にぎらりとした鋭さがあった。
逃げることは許されない問い方。
途切れ途切れに言葉を紡ぐ。
『……の……信長さん…です…。』
「!…信長様…だと?」
そっと長秀さんの様子を伺うと、怒っているというよりも苦々しい表示を浮かべていることに驚いた。