第8章 もう帰るんだ……
花宮がわざわざ私を家から引っ張り出したのは、どうやら駅までの道案内をさせるためだったらしく、マンションを出るとすぐに先導を私に任せてきた。
私が歩く斜め後ろを花宮が歩く。
隣を歩けばいいのに、でもそうしないのが花宮らしいといえばらしい。
天気がいいな。
じりじりとした日差しに、日傘を持ってこなかったことを少し後悔する。
こめかみを伝った汗を手の甲で拭うと、花宮が我が家に来た時のことを思い出した。
そういえば、花宮がうちに来た時の謎って解けてないんだよなぁ。
後回しになって沈んでいた事案がぷかりと浮いて出た感覚。
浮き出てきたのは、謎だけではなかった。
──俺を誘拐するとは……いい度胸じゃねーか
ずんずんと詰め寄られて……初めて会った時は、本当に怖かったなぁ。
あんな眉根寄せて詰め寄られたら、誰だってビビると思う。
しかも、私は私で股間に蹴り入れちゃったし。
その後も俺の犬になれって言われたり、冷たくあしらわれたり。
思い出す彼はいつも不機嫌そうだったけど、昨夜の熱を思い出す。
今朝のほんのちょっとの彼の優しさを思い出す。
なんかわかってしまった。
そっか……私、このまま花宮と別れるのが嫌なんだ。
一度気づいてしまうと、それは心に重くのしかかってきた。
自然と、私の歩幅は小さくなっていく。
とくに会話が生まれるでもなく、十分ほど経つと、私達は駅前のちょっとした通りを歩いていた。
いくらゆっくり歩いたとしても、あと五分もすれば駅に着いてしまう。
花宮は、私のことなんてすぐに忘れちゃうんだろうな……。
たった一晩をともにしただけの関係。
それが、今は少し寂しい。
いよいよ駅舎が見えてくると、後ろから「おい」と声をかけられた。
後から考えてみれば、この時の花宮の声だって普通じゃなかったと思う。
だけど、私は花宮に話しかけられたことに舞い上がってしまって、「な、なに?」なんてバカみたいな調子で振り返った。
「……え?」
そして、彼の様子がおかしいことに気づく。
口を半開きにして、花宮は驚愕に目を見開いていた。