第1章 幸いなことに、今宵は月夜で
他人の心中を思い測る術を知らない彼女は、いつだってこうして俺の想いを追い立てる。
そして常と同じように無意識を最大の武器に代えて、どこかうっとりとした口調で俺に語りかけた。
「思念は時にロマンティックだわ」
「そう言う大将の考えがロマンティックなんだよ」
「それこそロマンティストじゃない刀剣男士なんて見た事ないけど?」
「ああ、それは何だか妙に説得力があるな」
思わず苦笑を洩らしながら、作業を中断するべく素直に眼前に広げられた幾冊もの書物を片付け。
首に回されていた細い腕を緩めると、体ごと回転させて彼女と向かい合う形をとる。
すると大将は作業より彼女を重んじたその態度に満足そうににっこり微笑み、あぐらをかいた俺の上へとするりと滑り込んだ。
すらりとした細い脚を無造作に畳へ放り出し、小さく形の良い頭を俺の肩にことりと寄り掛ける。
その扇情的で無防備な姿に、否が応にも心拍数が上昇する。
「で、何かあったのか?」
なるべく平静を装い、彼女の不安定な姿勢をやんわりと細い肩を支えながら正し、あまり上手いとは言えない話題転換に踏み切れば。
大将はそこで初めてこの部屋を訪れた理由を思い出したかのように、「嗚呼、そう!そうなのよ!」とやけに意気込んで俺の瞳を覗き込んだ。
「今夜はね、月夜なのよ」
「月夜?まあそりゃあ新月でもない限り夜は月夜だろうな」
「そう言う屁理屈はいいの。ただ今夜はとても綺麗な月夜なのよ」
「あー…、はいはい。今夜は月夜なんだな。それで月夜と俺の研究室に真夜中に飛び込んでくるのと関係あるのか?」
「あるわよ!だってあんまりにも綺麗な月が私の全てを照らすから。私、薬研に隠し事が出来なくなっちゃったの」
そう言って大将は、それこそこれ以上ないくらい月夜に相応しい笑顔を浮かべた。
そんな笑顔を見せられては、大抵が月夜なのにその中でも"とても綺麗な月夜"ってやつに呆れる気も消し飛んでしまうし。
何より心臓と心を繋ぐ回路の圧迫感が、苦労して抑え込んでいる心拍数と共に跳ね上がってしまう。
だから俺は作業の中断同様に、彼女に恋する自分を潔く認め、受け入れ。
腕の中で未だ綺麗な笑みを向け続けるかの人に笑顔を返した。
「じゃあ差し支えなければその隠し事ってやつを教えてくれよ」
「もちろんよ」
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