第3章 静かの海で 〜後日譚〜
ちょっと困ったような、恥ずかしそうにも見える笑みを浮かべるとわの姿が、仄暗い薄闇の中で佇んでいる。
まだしっかりとは覚醒しない意識が、夢と現つの境界を彷徨う。
これは…夢、なのか…?
だって今夜はとわは三日月と今剣と一緒に寝ている筈で…。
けれど未だ何とも言えない笑みの彼女の姿は確かに其処に在って。
あゝ、もうこれが夢でも幻でもどっちでもいい。
恋しい。恋しい。恋しい。
触れたい、抱きしめたい、口づけたい。
そう心が求めるままにその細い腕を掴み、ぐいっと自分の腕の中へと半ば強引に抱き込んだ。
「わっ!薬研?!」
「とわ…」
両腕に閉じ込めた愛しい人の名前を呟く。
抱きしめた身体はほんのり冷たい。
やはり夢なのか。本来なら彼女の身体は優しさに満ちた温かさで包まれている。
夢ならばいいだろう。何も我慢する事などない。
その少し冷たい唇に口づける。
薄紅に染まる頬にも、青白く細い首筋にも、綺麗に浮かび上がった鎖骨にも。
ちゅっと音をたてて、熱を移すように。
「んっ、ぁ…。薬研、ちょっと待って…」
「待たない…」
彼女の言葉を遮るように、深い口づけでその柔らかな唇を塞ぐ。
「…ふっ…、あ…んんっ…。薬研っ、起きて!」
口づけの合間に紡がれたとわの声と共に、パンっと少し強く両頬を挟まれ、その物理的刺激に段々と意識がはっきりしてくる。
「っ痛ぇ…、え…?とわ……?」
微かな頬の痛みを感じながら夜闇に目を凝らせば。
其処には闇の中でもわかるくらいに肌を薄桃に染める、紛う事なき実在のとわがしっかりと俺の腕の中に居た。
「もうっ、誰かに気付かれたらどうするの!」
彼女はそう小さな声で可愛いらしく文句を言いながら眉間に皺を寄せ、むうっとふくれてみせる。
けれどきつく抱きしめたままの俺の腕の中から抜け出そうとはしない。
それがまた何やら愛しさを募らせ、俺の口元がふっと緩む。
「夢かと思ったんだよ。まさか現実にとわが此処に居る筈がないってな」
彼女に倣って小声で一応言い訳をする。
そしてまだ少し拗ねているその白い額に詫びを込めて軽く口づける。
そうすればその意図を汲み取ったのかとわは満足気に笑みを浮かべた。