第1章 僕と勇利、時々『デコ』
『素敵なスケーター』
勇利のプログラム確認の為に長谷津を訪れていた純は、その夜、珍しく勇利達の前で深酒をして眠ってしまっていた。
「上林純の居眠りシーン!」
「これは、スケオタにとってのレア画像!」
「お宝、お宝♪」
「コラっ、あんたたちやめなさい!」
3姉妹や優子が至近距離で騒いでも、純は目を覚まさない。
「純くん、午前中に長谷津に到着してすぐリンクに行っとったし、疲れたんかね?」
「僕、休ませてくるよ。純、立てる?」
「ん~…」
母親の寛子の声を聞きながら、勇利は純の身体を支えると、宴会場を後にする。
一先ず自室のベッドに運ぼうと廊下を歩いていると、勇利の耳元でか細い囁きがした。
「…勇利ぃ。これからも、素敵なスケートを滑り続けてなぁ」
「え…?」
「シーズンを戦い抜くのも、試合で勝ち続けるのも大事やけど…僕が一番見たいのは、勇利の素敵なスケートやねん。単に試合に強いスケーターなら、なんぼでもおる。せやけど…勇利は、それだけに留まらんといて…勇利なら、これからもっともっと、素敵なスケーターになれるから…」
「純…」
どうにか自室にたどり着いた勇利は、再び寝入ってしまった純の身体をベッドに下ろした。
酒のせいか、顔を仄かに染めながら寝息を立てる純の前髪をそっと指で払うと、勇利はかつて純と全日本で再会した時の事を思い出す。
『勇利が素敵なスケーターになる為やったら、僕はなんぼでも力を貸すで』
あの時から、純は勇利に対して一度も『強いスケーター』と言った事はない。
故障前もそして今も、いつも自分のスケートを褒めてくれる時の表現は、『素敵』だったのだ。
「そうだ…子供の僕がヴィクトルに惹かれたのも、彼のスケートが素敵だったからじゃないか…」
世界チャンプとして追われる立場となってから、つい失念していた大切な事を、勇利は思い出す。
「有難う、純。これからも僕は、君に『素敵』と言って貰えるようなスケーターになるから」
友人の言葉を改めて胸に刻みながら、勇利は痺れを切らせて自分を呼びに来たヴィクトルと共に、自室を後にした。