第3章 『少年』の最期
【エピローグ】
ショーの終幕を見守りながら、純は今日の勇利や何よりもユーリの成功と成長を嬉しく思う一方で、心の奥底に燻り続ける微かな不安を消せずにいた。
(年末に長谷津で会うた時から、更に体格が良うなっとった。もしかしたら、あと1年も経たん内に勇利と背が並ぶかも知れへん…)
成長期のスケーターが、体型変化やそれに伴う心身のバランスが乱れ、ジャンプを始め様々なコントロールがきかなくなるのは、避けて通れない道である。
それは程度の違いはあれど誰もが経験する事であり、純自身も当時は若干の成績不振に悩まされていた。
おそらくスラブ系白人のユーリは、アジア人の自分や勇利よりもそれが顕著に現れるだろう。
これまで将来を有望されながら低迷から浮上できなかったり、最悪志半ばで競技を諦めざるを得なかったスケーター達を、純は何人も見てきた。
(リリアさん達がおるとはいえ、なまじ最高のシニアデビューを飾ったユリオくんが、この先嫌でも逃れられへん低迷期とのギャップを、受け入れたり跳ね除ける事が出来るんやろか?もしも…)
刹那、ふとリンク上のユーリと目が合い、彼がこちらに手を振ってきたのに気付くと、純は思考を止めた。
共に過ごしたこの数日間で、ユーリは心身共に大きく成長していた。
それまでとは違った何処か大人びた笑顔を向けてくるのを認めた純は、ネガティブな感情を打ち消す。
(…先の事は未だ判れへん。今日だけは、ユリオくんの成長を素直に喜ぼう。僕は彼自身と、あの笑顔を信じたい)
そんな想いを込めながら、純はユーリに手を振り返した。
(有難うなサユリ。「今の俺」を、このリンクに刻ませてくれて)
手を振りながら、ユーリはセーターの袖が短くなっているのを感じた。
リンクの外へ出ると、待ち構えていたかのようなヤコフに目をやる。
「今日は良くやった。だが、明日からはそうはいかん。これから本格的なシニアの厳しさや重圧がお前に迫ってくるぞ。覚悟は出来ているな?」
ヤコフの真剣な表情を見たユーリは、耳の後ろでほつれ始めていたヘアピンに指をかけると、勇利に編み込んで貰った前髪を解く。
「──ああ、判ってるさ」
心なしか低い声で返しながら、前髪をかき上げるユーリの表情からは、『少年』の面影が消えていた。
─完─