第1章 【雑賀孫市】雑賀の郷の夏祭り
潜り込んでいた賊が捕まり、祭りは再び賑わっていた。
孫市は賑わいを避けながら千草を抱きかかえ屋敷にたどり着く。
まだ外は盛り上がっているせいか、使用人たちも皆出払い、屋敷は暗く静まり返っていた。
孫市は、月明かりの差し込む自室へやってくると、やっと千草を下ろした。
月明かりに照らされた千草の瞳は、戸惑いに揺れている。
「いつも可愛らしいとは思っていたが……」
孫市はそう言って腰元を抱き寄せる。
吐息のかかる距離にまで近づき、千草の鼓動がうるさく騒ぎ出す。
「今日は……綺麗だな」
「ま、孫市さ…んっ……」
すると、抱き寄せる腕の力がふっと緩む。
「………嫌か…?千草……」
千草の頭にぽん、と大きな手が重なる。
(孫市さん………)
「………っ!」
気づくと千草は孫市の背中に腕を回していた。
「……嫌じゃ…ありません……」
ぴったりと身体が触れ合い、体温が伝わり合う。
「………千草」
掠れた声で呼ばれ、そのまま顔を上げる。
「……いい、んだな?」
様々な意味が込められたその言葉に、千草はただ首を縦に振った。
それを合図に、孫市の両手が千草の頬を包み込み、ふっと触れるだけの口づけが落とされる。
「………ん……」
決して触れることのなかったお互いの唇が触れ合い、千草は固まりそうになる。
「……なんでだろうな…お前がこの郷に来た時から……ずっと気になってた」
「……えっ…」
「俺は雑賀衆の頭領だ……女にうつつを抜かす暇があったら銃の腕を上げて部下たちを守らなけりゃならねぇと……ずっと思ってた」
孫市は、羽織や装備品を外して脱いでいく。
「でも……お前が現れて、はっきり分かったんだ…愛する者の存在が、更に己を強くするんだ、と」
孫市の視線に射抜かれて、千草は顔を真っ赤にする。
そんな様子を愛おしげに見つめながら、孫市は千草のかんざしをそっと引き抜いた。
「…ぁ……」
結い上げられていた髪が一気に下ろされる。
千草の髪をすくい上げ、孫市が唇を落とす。
「これから先、この命に代えても…お前を守らせてくれ、千草」