第1章 【雑賀孫市】雑賀の郷の夏祭り
「中年が余計だ、中年が」
「じゃあやっぱ『オッサン』?」
孫市が護身用の銃に手をかけると、政宗は慌ててそれを制する。
「冗談だろうが!」
「冗談に聞こえねぇなぁ」
年の功なのか、孫市の方が少しウワテだ。
「で、例の件の話なんだけどな…」
政宗が声を潜めた。
「やはり首謀者は隣村の向こうの山にいる賊みたいだ」
「……やっぱりな」
孫市は渋い顔をして頷く。
「よりによって夏祭りの日に伊達の城を襲う予告状なんぞ出しやがって……さっさとカタつけて戻らねぇとな」
「そうだな……さっさと戻らないと巫女様とのデートが潰れるからな……」
「おい、坊っちゃん……坊っちゃんも祭りの手伝いをしたいんですかい?」
「屋台の料理なら任せろ!とびきり美味いもん作ってやる!」
孫市は呆れ顔で反論するのをやめると、勝ち誇ったようににやける政宗を置いて先を歩いていった。
夏祭り当日。
空は相変わらずの茜空だが、郷の人たちは夏祭りを前にどことなく浮足立っていた。
「巫女様、ちょっといいかい?」
宿の厨房で出店に出すお菓子の準備をしていた千草の元に、郷の女性の一人が声を掛けてきた。
「あ、はい」
呼ばれるままに宿の一室に入ると、そこには鮮やかな朝顔の描かれた藍色の浴衣が掛けられていた。
「わぁ、綺麗!これどうしたんですか?」
「私が若い頃着てたやつなんだけどね…ちょっと私にはもう派手過ぎてねぇ。巫女様さえ気に入ってくれたなら今日これ着てくれないかい?」
「えぇっ?!いいんですか?」
女性は満足げに頷く。
「でもお手伝いしてて汚したりしてしまったら…」
「気にしないでおくれよ、お古なんだし……それに巫女様は準備を頑張ってくれたから、祭りは思いっきり楽しんでいいんだよ?」
女性は浴衣を手に取り千草に合わせる。
「うん、似合う。この浴衣を着て祭りを楽しんでいた時に主人に見初められたんだよ」
「えっ、そんな大事な思い出の浴衣……ほんとにいいんですか…?!」
「いいも何も……むしろ験(げん)を担いでくんなよ。巫女様がこれ着たら、絶対惚れちまうね……頭領は」
「………えっ、えぇっ?!」
顔を真っ赤にする千草にはお構いなしに、女性は帯とかんざし選びをし始めるのだった。