第1章 【雑賀孫市】雑賀の郷の夏祭り
夏祭りの数日前。
里の中央にある広場にはやぐらが建てられ、その周りは屋台の準備がされていた。
子どもたちは今から楽しみなのか、走り回りながら祭りの話をしている。
千草が祭りの準備を手伝っていると子どもたちが集まってきた。
「ねぇねぇ巫女様!今年のお祭りは何が出るの?」
「当日までの秘密だよ?」
「私、風車欲しい!!」
「俺は金魚すくい!!」
「うん!きっとあるよ!楽しみにしててね!」
「わーい!!」
走り去っていく子どもたちの背中を見守りながら微笑んでいると、後ろから声を掛けられる。
「千草」
(あ……孫市さん)
声だけで相手が分かり、千草は笑顔で振り返る。
孫市さんの表情は少し曇っている。
(あれ、どうしたのかな…)
「どうかしましたか?孫市さん…」
「悪いな……実は」
孫市は申し訳なさそうに頭をかく。
「夏祭りの日、諸用で出掛けなくちゃならなくなっちまった」
「えっ、そうなんですか?」
否応なしにこみ上げる寂しさで、千草は胸の奥に僅かな痛みを覚える。
「祭りを案内してやりたかったんだがなぁ……すまない」
「仕方ないですよ、お仕事なんですから……私は大丈夫です…!」
千草は笑顔を作って答える。
「なるべく早く戻れるようにするからな」
孫市はふっと笑いを落とし、#NANE1#の髪を一房取って耳にかけた。
「……あ…」
(孫市さんって……たまに……なんていうか…)
近い……。
頬を染める千草にはお構いなしに、孫市は柔らかく目を細める。
「……あーー、コホン」
すると、孫市の背後から咳払いが聞こえた。
「……っ!伊達の坊っちゃん」
「あー…邪魔して悪いが、ちょっといいか?」
後ろから現れたのは孫市の雇い主・伊達政宗だった。
政宗は気まずそうに頬を掻きながら佇んでいた。
「あっ、ご、ごめんなさいお仕事の邪魔を…。じゃあ孫市さん、私はこれで」
「ん?あぁ、気をつけてな」
千草は政宗にも会釈をしてそそくさとその場を去った。
「へぇ……巫女様を『狙ってる』って噂は本当だったか」
政宗が目を細めて面白がりながら呟く。
「何のことだよ」
「いや……中年頭領の雑賀孫市様に女がねぇ……」