第2章 お菓子の魔女の正体は。
「(―――…止めよう、不毛だ)」
思い出すならともかく、覚えてもいない人名をひねり出すのは無理だ。そんな暇があったらデータストームなりこの煩いAIなりについて解析を進める方が、よっぽど有意義だ。
思い立ったが吉日、諦めるという決断をすると遊作はさっさと帰り支度を始めた。
「あ、ゴメン。気に障った?」
「いや、…そういう訳じゃない。ただ、アンタも用事があるだろ」
「僕?僕は今日バイトも休みだし大丈夫。でも、藤木君にはあるって事だね」
『じゃあ僕も、図書室にでも行こっかなぁ~』とパッドの電源を落として鞄に入れる。
「…道をふさいで悪かった。じゃあな」
『じゃあな!また俺様が話し相手になってやってもいーゾ!』
「うん、またね!」
「…」
お前、短期間に仲良くなり過ぎだろ。
どこまでも社交的なAIに、遊作は頭を抱えるばかりだ。
「藤木君、何か顔色悪くない?大丈夫?」
「…大丈夫だ」
「なら良いけど…疲れてるみたいだし、食べるモノ食べてしっかり休んだ方がいーよ。…あ、そうだ!これあげる」
遊作自身は無意識だったが心労が顔に出ているらしい。取り敢えず会話は控えろと言っておかねば、情報漏洩が起きそうで気が気じゃない。
対策を頭の中で練っていると、彼女は鞄の中から包装されたマドレーヌを3つ取り出して遊作の手に乗せた。
「おやつにしようかなーと思ってたけど、お腹空かなかったから」
「…ドウモ…」
「甘いの嫌だったら他の人にあげて」
1つ、例え邪魔でも、寝ている人間を起こさない。
2つ、名前を覚えられていなくても、特に気を悪くする様子がない。
3つ、人の様子を伺う洞察力は持っている。
今知り得た彼女の特徴を考察すると、彼女は寛容かつ賢い人なのだろう。
「(もしくは、何も考えていないが直感は鋭い感覚派か)」
何にせよ、関わってしまったものは仕方がない。顔を合わせたら適当に会釈でもしていれば彼女が訝しく思うことも無い筈だ。
Playmakerとしてハノイの騎士と敵対している以上、遊作自身と深く関わるのはリスクがある。何かの弾みで正体が分かれば、飛び火がかかる事もあるかもしれない。
一定の距離は保つ。それが『復讐』に周りを巻き込まないよう遊作が決めたルールだった。
その為に。
『俺も何か食べられたら良いのにナー!』
「取り敢えずお前は話すのを控えろ」
