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いとし、いとし【短編集】

第21章 本丸大炎上【刀剣 蜻蛉切】


「主よ。如何なされましたか?」


問いかけられた方へと顔を向ければ美しい髪が風に揺れていた。


息子は特に、この蜻蛉切がお気に入りだ。


この大きな身体や強さに憧れ、
この穏やかな雰囲気に安堵している。


「主?」


再び問いかけられて、私は「なんでもないよ」と首を横に振った。



私はこの子にとって、良き母なのだろうか?
皆にとって、良き主なのだろうか?

そうありたいとは思っているのに、
そうはなれて居そうも無い自分がもどかしい。

でも、
そんな思いは息子の前で、
自分の刀の前で、
口になんて出来ない。


そう思っていると、
私の手の中にある小さな手が、
1度、きゅっと、私の手を握った。


「僕、母ちゃん大好き‼」


向けられる満面の笑みに、涙腺が崩壊しそうになるのは母として当然の事。




「蜻蛉切も母ちゃん好きだよね?」

「ええ、勿論。母上が主で自分は幸せです」



とどめの一撃をくらった気分だ。
もう涙を我慢できそうにない…。

こんなにも未熟で、皆に甘えっぱなしの私を主と認めてくれている。
これ以上の誉め言葉なんて無い。


目元を拭おうと、そっと手を離すと、


「ねぇ、本当に母ちゃん好き?母ちゃん好き?」

と、息子は蜻蛉切の腕にしがみついた。

ちょっとだけ困ったように「ええ」と蜻蛉切は頷く。





「そっか、よかった。じゃぁ、僕の父ちゃんになってよ‼」


息子から発せられた言葉に、
溢れかけた涙は引っ込んで、

ただ、
蜻蛉切と顔を見合わせて固まった。


二人の間に流れる微妙な空気。
そりゃ、蜻蛉切みたいな人は良き父となるだろう…

だけど、だけど、
息子よ、それは…

だいたい私は夫と死別した身で…
こんな私が美しい付喪神となんてあってはならない。


「ねぇ、だめ?」と再び問う息子に蜻蛉切は

「それは自分が決められる事ではございません。しかし、主がそれを望むならきちんとお答致します」

と、きっと、私が傷つかないようにやんわりと断った。


これでこの話は終わり。




終わりになるはずだったのに…



「母ちゃんがいいって言ったら蜻蛉切が、僕の父ちゃんになるんだよ」

本丸に戻ってから息子が発した言葉に、本丸中が大騒ぎになったのは言うまでもない。


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