Aprikosen Hamlet ―武蔵野人狼事変―
第4章 「月」THE MOON
一方、池上町の生田兵庫らは、食人種や他グループとの抗争を繰り返しながら、各地を転戦し、廃墟と化した店舗跡において、壊物…もとい「買い物」を済ませた。戦闘に際しては、塔樹無敎のレールガン小銃が大いに役立ったほか、斎宮星見の電戟ラケットも修理して再起動され、事態は有利に打開されつつあった。因(ちな)みに、この「電戟ラケット」は、文字通りターゲットを直接感電させる戦法のほか、帯電した手榴弾をテニスの要領で遠方に飛ばしたり、実はサバイバルナイフを仕込んであったりと、やたら多機能である。なお、生田兵庫はサッカーボールに爆弾を搭載した。本当に天才だよ、君達。かくして、当面の生活必需品を無料で確保した一行の、次の目標は…。
生田「bed inする場所が必要だよね」
斎宮「は?」
塔樹「生田君、気でも狂ったんじゃないのか?」
生田「いや、真面目な意味で…どこで寝泊まりするの? さっき突入した業務用スーパーは、死体だらけだよ?」
斎宮「ついでに衛生のため、建物ごと焼いちゃったからな…」
塔樹「これから毎日、食人種を焼こうぜ…じゃなくて! 長栄山まで登れば、本門寺に保護して頂けるかも知れないが、太陽の角度から観て、恵坂(めぐみざか)に到達する前に、日没を迎えてしまうだろうな」
生田「じゃあ、この近くで探すしかないか…あ、あの廃墟はどうかな?」
斎宮「ん?」
呑川に架かる、崩壊し掛けた鉄橋の近くに、小さな木造建築が見える。恐らく、数十年前の物だろう。荒らされた形跡はなく、ただ薄汚れた看板が、往時の名前を伝えている。
生田「…これは店名かな? 何か書いてある。あ…アプリコ?」
斎宮「おい英文科、解読してくれ」
塔樹「『Aprikosen Hamlet』、直訳すれば『杏子(アンズ)の小村』になる。Aprikoseはドイツ語で、英語ならばapricotだな。Hamletは戯曲のタイトルでもあり、シェークスピアの悲劇として、芸術文学界にその名を知らぬ者は居まい」