Aprikosen Hamlet ―武蔵野人狼事変―
第3章 「愚者」THE FOOL
仁「…津島様、どうしたんですか?」
津島「食屍鬼と言わば、我が国に於(お)きても、陸奥(みちのく)等に出没せし『人喰い族』の伝承が在(あ)る故、無縁とは思えぬ」
仁「奥州の、人喰い族…彼らは一体、何者なのでしょうか?」
津島「戊辰の役を絶頂とする明治維新に際し、『賊軍』と呼ばれし者を始め、環境の急激なる変化に適応出来ぬ武士達が、数多く時代より落伍した。其(そ)の中には、闘争を求め文明を棄て去り、『自然』に還らんと望む者さえ居た。『英霊』よりも『戦士』たらんとした彼等(ら)は、やがて生存の為(ため)ならば眷属(けんぞく)の血肉さえも食す野性を得るに至った。そして、其の末裔(まつえい)こそが…」
仁「つまり…幕藩が滅んで居場所を失い、歴史から取り残され、消え去る道を選んだ、名もなき武士…彼らの成れの果てが、人喰い族って事ですか?」
津島「飽くまで一説…否、語りに過ぎぬ。人喰い族は元来、極めて猟奇的なる形質を持つが、殊(こと)に二十年前の隕石爾来(じらい)、其の能力を大幅に強化せしめたとも云(い)う。彼奴(あやつ)等の遺伝子を改造すれば、人がその分身を創り、或(ある)いは変異せしめるが如き所業も亦(また)、不可には非ず…」
仁「そ…そんな事が、本当に…?」
今となっては後知恵だが、「グールは一撃必殺で倒さねばならない」と云う「一撃信仰」は、第二・第三のダメージを与えると、彼らの遺伝子が空中に拡散し、更なる感染者を生み出してしまう…という意味ではなかったのか? そして、津島三河の言う「人喰い族」の存在、小惑星の破片(何らかの物質・エネルギーが含まれていたと思われる)が「彼ら」に与えた影響、更には生物兵器として軍事利用される可能性を、私達はもっと早く、真剣に想定するべきであったと、後に思い知らされる事になる。それに気付いた時には、もう手遅れだったのかも知れないが…。