第1章 唐紅の山
十月下旬、秋も深まりだんだん寒くなって来るのぉ。
嫁が亡くなって何十年経ったか……猩影も口を聞かなくなったし、何となく家にいるのも嫌だから山を独り歩きするも、ちぃと寂しぃの。
鯉の坊が二代目を継いでから出入りもあまりない、総会ばかりで暇じゃ。
……嫁でもとるか?
「今更何を考えとるんじゃ儂は、総大将に馬鹿にされそうじゃの。なんじゃ?」
なにやら遠くから女の声がするような。
目を凝らし先を見ると、いた。普通にいた。
儂の組のもんじゃなさそうじゃの。儂の組には女なぞおらんし。
何が楽しいのか落葉を踏んで笑っておる。可愛らしいの。
「おいお前!」
大声で声をかけると女は驚き止まった。
少し近づくと頭に角が生えているのが見えた。
「お主、鬼か。牛鬼んとこのか?」
女は答えず逃げ出した。
少し虐めるか。
「なんじゃ儂の山で、儂と鬼ごとをするか。どれ捕まえてやろう」
女は足が速かったが、儂は木から木に飛び移って追いかけいつでも女を捕まえられる距離を保っていた。
こうして何かを追っていると昔の血が騒ぎ出す、うっかり殺さぬようにせねば。
「キャハハほぉれほぉれ、そんなことではすぐ追いついてしまうぞ」
うむ、楽しくなってきたぞ。
この先まで走ると山葡萄がなってる所まで行くな、その先は……崖になっとるんじゃった!
「おい女! 止まれ!」
言葉で止まるはずもなくさっきよりも速く走り始めた。
「ちっ! 止まれと、言っておろぅがぁ!」
間一髪、女が崖に落ちる前に捕まえることが出来た。
女は無我夢中だったのか崖の存在に今気づき少し震えていた。
「離してください!」
なんじゃ崖ではなく儂に怯えとったのか。複雑じゃ。
「まぁ待て待て取って食うたりせんから、落ち着け」
「嫌! 離して! この能面お化け!」
「んなっ! 誰が能面お化けじゃ! 儂は大妖怪狒々様じゃぞ!?」
女でも鬼は鬼、力が馬鹿に強い。これ儂が大猿妖怪でなければ逆に殺られとるな。
力で振り解けぬとわかったのか、はたまた疲れたのか次第に女の抵抗は弱くなった。