第1章 続・愛妻弁当
「あの、すみません。」
表現の仕方は幼稚だけど、まさにギリギリセーフ。あともう少しで店じまいを始めようかなんてところに滑り込んだ。奥から人のよさそうなおばさんが顔をだす。
「いらっしゃいませ」
「えーと。花束が欲しいんですけど」
「どんなのにしましょう?」
にこにことした顔でそう聞かれて急に困ってしまった。僕の回りには、ピンクや赤や黄色や、小さいのや大きいのや、華やかなのや控えめなのや。
とにもかくにも、色とりどりの花々が取り囲む。そのなかで、君の好きそうな花が分からなかった。
僕はこんなことも知らなかったのか。君は僕の好きなものちゃんと知ってくれているのに。
なんて途方にくれる暇もない。
そんなとき、気に入ってよく君が着ている、淡いピンクのスカートがぱっと思い付いた。
「ピンクの花束を。えーと、妻に贈ろうと思って...」
そこまで言ったはいいが、やっぱり恥ずかしさが込み上げてきて、言葉尻が小さくなってしまった。そんなことお構い無しというか、意外とよくあることなのか、「奥さまが羨ましいですね。少々お待ち下さいね。」と優しい顔をしておばさんが奥に引っ込んでいった。
それから、しばらくして顔をだしたおばさんの腕に、色々な種類のピンクのチューリップの花束が抱えられていた。詳しいことは知らないけれど、なんとなく、君が好きそうな感じがして、なんだかほっとした。
「はい、お代は3000円ね。あと、これぜひ見てみて。」
「ありがとうございます。」
花束と一緒に渡された小さなチラシ。
「今日の花ことば?」
「毎日お客さんに配ってるのよ」
その小さなチラシは、毎日お花屋さんがお客さんに配っているという。今日の花ことばという豆知識的な、そういうものだった。あんまり僕自身は花ことば等に興味はないので、実際のところふーんといった感じだが、一応そのチラシをスーツの胸ポケットにしまいこむ。
「じゃあ、またいらっしゃって下さいね」
そう言いながら、花屋のおばさんは優しく手を振ってくれた。店を出たところで時計を見てみると針は19時を指している。だいぶ長居してしまったなと、君のちょっと不機嫌そうな顔を思い出して家路を急いだ。