第3章 恋人の距離
「花織」
ただ、花織に触れたいという気持ちが腹の中で増幅する以外は。
風丸が花織の髪に指を伸ばして愛おし気にそういった。花織の黒い瞳が自分だけを見つめて揺らめいている。彼女の艶やかな髪を梳き、すべやかな白い頬に触れる。本当に、なんて愛おしいのだろう。
「花織……」
低い掠れた声で花織を呼ぶ。彼女の手を握っていた左手を緩めて花織の背に回す。そうすれば花織は静かに目を伏せた。風丸は右手は彼女の頬にそえ、そうっと唇を重ねた。いつもこの瞬間、背中に突き抜けるような何かが走るのを感じる。唇を押し当て、離す。角度を変えて何度もそれを繰り返すも彼女は絶対にそれにこたえ、受け入れようとしてくれる。それが堪らなく風丸の中の何かを刺激する。ふたりは互いを想いあい寄り添う。ただこうして隣り合って座っているだけでも十分に幸せなはずなのに。
彼女が漏らす吐息が、揺れる身体が、瞳に滲む涙が、彼を彼でなくしてしまうように誘惑する。
花織の全てを手に入れたい、何もかもを奪ってしまいたいと思う。無意識にただ純粋に花織を求めてしまう。
風丸はそっと花織の身体を床に押し倒す。花織は困惑して、ただ長い口づけによる酸欠で、思考が回っていないようなとろんとした顔をして風丸を見上げている。風丸はゾクゾクと己の中のある感情が沸き立つのを感じた。はあ、と風丸は吐息を漏らす。彼の瞳はいつになくギラギラしていて、少年というよりも男という色を宿している。ふたりの視線が絡み合い、再び唇を重ねようとした時だった。
リミットを告げる鐘がなる。
ふたりは現実世界に引き戻されてたようにハッとした表情をした。風丸は花織の傍から退いて、花織を引き上げる。風丸は困惑した。今一体俺は、花織に何をしようとしたのだろうか。