第10章 彼女の苦悩
花織はタオルを畳み終えて立ち上がる。浴室へタオルをせっせと運んだ。ふと誰もいないと思っていた食堂から声が聞こえて花織はちらと何気なく食堂を覗き込む。
「……」
中にいたのは風丸と冬花だった。会話の内容は良く聞こえないが、楽しそうにふたりで何やらを話している。ズン、と心の中に重しが落ちてきたような気持ちになる。選手とマネージャーが話をしているくらい、当たり前のことだと分かっているのに。自分だって選手と語らうことなどいくらでもあるのだから。
風丸が照れくさそうに頭を掻いて冬花と談笑している。ほんのりと頬を染めてはにかんで。そんな風丸を花織は見ていることが耐えられなくなって急ぎ足でタオルを運んだ。タオルが入った籠を持つ手は震えている。
話をしているのが秋か春奈だったら、ここまで複雑な感情にはならないのだろう。でも彼と話をしていたのは今日彼が褒めた、そして彼と幼馴染である可能性のある冬花で。
心が狭すぎると分かっている。でも他の子にあんな顔しないでほしい。我儘だって分かってるけど。
「花織」
考え込んでいた花織に声が掛かる。花織はそれに気が付かなかった。目の前のその人物の前を深く考え込んだまま通り過ぎようとする。その人物はとん、と花織の肩を叩いた。
「花織!」
ハッとして花織はようやく声の主を振り返る。特徴的なゴーグルをつけた少年が目の前に立っていた。鬼道だ。鬼道は心配そうに花織の顔を覗き込んでいる。
「浮かない顔をしているが、どうした?」
「あ……」
何かしらの言葉を返そうしたが、花織は口ごもる。言えない、こんな子供じみた嫉妬をしていることなんて。今鬼道は影山総帥に関することで頭が一杯だ。こんなふざけた悩みに付き合っている暇などない。
「えっと……、少し考え事を。何でもないんです」
「……そうか」
そっと鬼道が花織の肩から手を離す。花織は軽く会釈して鬼道のもとを去った。
しっかりしなければ、自分がきちんと人一倍頑張ればいいだけだ。風丸一郎太選手の彼女として相応しい女性であれるように。自主練習なんてしている暇はない。できることは全部自分がやるくらいの気持ちで取り組まなければ。