第20章 恋知りの謌【謙信】湯治編 〜車輪〜
(あの宴の夜…あの女を抱いておけば良かったか?)
そんな自虐を言いたくなるほど、秀吉は追い詰められていた。
自分の腕に掴まっている愛しい女。
すぐ隣から香る凛とした爽やかな香りと、
腕に当たる柔らかい乳房の感触。
世の女たちに、この程度の親切ならこれまで星の数ほどしてきた自覚がある秀吉。
時折肉体が反応しても
心が揺さぶられたことなどなかった。
それがどうだ。
このザマは何だ。
胸に何かがつかえたようで会話すらおぼつかない。
「春日山で…不便や肩身が狭いことはないか?」
我ながらつまらない質問だと思いながら、秀吉が切り出した。
「…心配?」
「当たり前だろう?!」
「…ごめ…!あ…、…気にかけてくれて…ありがと…。」
美蘭は、秀吉の嫌いな言葉を使わぬよう気遣い言い直す。
そして、秀吉を見上げると、
柔らかな笑顔を浮かべて、言った。
「とーっても、大切にしてもらってるよ♡」
「…!」
美蘭の幸せを願って聞いたことであったのに、
これ以上ないような幸せな笑顔に、
秀吉の胸はキリキリと締め付けられた。
「……だが…ここで上杉は…おまえを放ったらかしじゃないか?」
意地の悪いことを言った。
…その実感を持ちながら、秀吉は絞り出すように言った。
しばらくの間
2人の足が草木を踏みしめる音だけが響き渡った。
身体が触れ合っている部分から聞こえてしまうのではないか、と思うほど、身体中が心臓になったような激しい鼓動に苦しくなり、 秀吉は深く呼吸をした。
「それはちがうよ。」
美蘭は否定したが
「何が違う?おまえに寂しい思いをさせて…。」
美蘭を置いて、毎日あの椿という女もいる鍛錬場に行ってしまっている謙信を責める気持ちがこもり、怒りを滲ませながら秀吉が言うと
「寂しい思いなんて、してないよ。わたしは久しぶりに織田のみんなとゆっくり過ごせたもん。」
「…美蘭…。」
「謙信様はね、わたしが自由にできるように、わざと予定を作って出掛けて下さっているんだと思うんだ。」
「……!」