第18章 甘夏の謌【幸村】
祝杯を交わしているというのに、飲んでも飲んでも不貞腐れた顔の幸村に、信玄が声をかけた。
「天女にでもフラれたのか?幸。」
「あ?!別にそんなんじゃねーです!」
辛うじて使われた敬語も、乱雑な物言いで台無しである。
「図星ですね。」
「うっせー!」
佐助に追い打ちをかけられた幸村は、
膨れっ面で、グイ!と酒を煽った。
(…俺ばっかりかよ…!)
命懸けの局面を抜けた瞬間、
幸村の脳裏に浮かんだのは美蘭の笑顔だった。
早く会いたくて
早く抱き締めたくて
はやる気持ちを必死に抑え込み手綱を握って帰って来た。
心配かけているだろう
寂しい思いをしているだろう
1秒でも早く美蘭の不安を拭ってやりたくて甲冑を脱ぐ間も惜しんで、美蘭の元に駆けつけた。
それなのに
(なんであんな余裕なんだよ…!)
自分ばかりが美蘭を好きなようで
幸村の想いの強さの分だけ、焦燥感が募った。
その後
宴はいつも通り朝まで続いたが、
幸村の気持ちが晴れることはなかった。
「村正!おはよ♡ご飯だよ。」
「わふ♡」
「うふふ。へんなお返事。」
美蘭は、昨日幸村と別れた渡り廊下で、幸村を慕う山犬・村正に朝食を分けていた。
夜が明けると、月のものは完全に終了しており、
美蘭は、身も心も晴れやかな朝を迎えていた。
(昨日宴を開いてくれた謙信様のおかげで助かっちゃった。)
朝まで開かれる宴が今回ばかりではないと思い知らされることも知らず、美蘭は、心の中で謙信に感謝した。
(今夜はゆっくり会えるかな…。)
昨日は甲冑が邪魔をして肌で感じることが出来なかった幸村の胸の中に、今すぐにでも飛び込んで行きたい気持ちになった美蘭は、
幸村の逞しい腕の中に抱き締められることを想像してしまい、身体中の肌が、ゾクゾクと甘く騒ついた。
(…っ。やだ…わたしったら!…朝からこんな気持ち…。)
日が昇ったばかりだというのに、幸村に抱き締めて欲しくて堪らない自分が恥ずかしくなり、美蘭の顔が熱くなった。
そこへ
「……!幸村…!」
会いたくて仕方ない其の人が、
歩き、こちらへ近付いてやって来るのが見えた。