第12章 恋知りの謌【謙信】湯治編 〜おしおき〜
「でも…椿さんとは昔からのご家族ぐるみのお付き合い。謙信様にとって大切な方だとわかっています。だから…お邪魔したくありませんでした。」
謙信は、背中から聞こえる愛しい女の、可愛らしい嫉妬やいじらしい気遣いを知り、胸がキュンと締め付けられた。
「…でも…わたし…あの露天風呂にいて…見たんです。椿さんが謙信様に裸で迫って、謙信様が後を追いかけて行かれたのを…っ。」
美蘭の声が最後は泣くのを我慢しているように震えたのに気づいた謙信が振り向くと、
裸の美蘭は、湯気の中で、込み上げる涙に耐えていた。
謙信からすれば青天の霹靂であった。
あの場面に居合わせたことはともかく、自分が椿に変な気を起こして追いかけて行ったとでも思われていたのか?と。
「…あれは…」
謙信は説明しようとしたのだが、
「椿さんの裸…綺麗でしたね。」
本音を言い出した美蘭は、歯止めが効かなくなっていた。
「何を申している…」
「見惚れてたじゃないですか!」
「…この俺がか…?!」
謙信の、興味のない女の裸になど微動だにしない精神が仇となったようだった。
裸の椿に冷静に向き合っていた姿は、美蘭には見惚れていたように見えていたのだろう。
「…じっと…見てたじゃ…ないてすか!」
「……っ。」
完全な勘違いで、
誤解であるのだが。
自分が他の女に現(うつつ)を抜かしたのではないか…と、不安がり、目に涙を浮かべて震える美蘭は、
あまりにも愛らしく、謙信の心臓はバクバクと高鳴った。
そして何故か
もっと自分のことを思い不安がる美蘭を見たいと思った。
「…ああ。…思わず見入ってしまった。」
わざと意地悪く答えると、
「…っ!!」
予想を裏切らず、涙を溢れさせた美蘭。
頬を流れ落ちた美蘭の涙に、
謙信は妙な満足感を覚えた。
「理由を教えてやる。」
そう言うと謙信は身体ごと振り向き、
美蘭と向き合うと、
美蘭の身体を洗い始めた。