第12章 恋知りの謌【謙信】湯治編 〜おしおき〜
美蘭の不安げな表情が謙信を不愉快にする悪循環が部屋の空気を重苦しいものにしているその時
廊下から
謙信の部屋に走り寄る複数の足音がバタバタと聞こえてきた。
バン!と襖が開け放たれ
「天女が帰ってきたのか?具合は?!」
「…ちょ…!勝手に開けていいのかよッ!」
「緊急事態だ。幸村。」
それと同時になだれ込んできたのは、信玄、幸村、佐助。
「お!…っと!早速取り込み中か。」
襦袢姿の美蘭の後ろ姿に気づいた信玄が言うと
「だーから勝手に開けるなって言ったじゃねェか!」
赤面した幸村が説教口調で怒鳴った。
「でも、元気そうで良かった。」
佐助はいつも通り冷静だった。
信玄はすぐに
謙信の余裕のない表情(かお)に気づいた。
「…!また出直すから、続けてくれ。天女が元気なのがわかったから…俺たちは武田に縁のある大名の離れに遊びに行ってくる。」
男女の微妙な空気を察するのが得意な信玄は、邪魔者はここにいてはならないと、咄嗟に悟った。
「はあ?そんな話聞いてネェ…」
幸村には、せっかく美蘭に会いに来たのに主人がまた意味不明な行動をとろうとしているようにしか見えなかった。
「だろうな。話してないからな。」
信玄は、そんな幸村の背中を押しながら謙信の部屋を出た。
「お邪魔しました。失礼します。」
信玄が何かを察して踵を返したことに気づいた佐助は、礼儀正しく例を述べて頭を下げ、部屋を出て行くと襖をシュッと閉めた。
廊下に押し出されヘソを曲げている幸村をなだめる佐助。
2人のやりとりを聞き流しながら信玄は思った。
(さては織田の離れで何かあったか…?)
心配な反面、
余裕はなさそうだが、人間らしい表情を見せる謙信の姿を見ることは、友人として、少し嬉しかった。
(たまには痴話喧嘩でもするがいいさ。)
横恋慕も叶わなかった信玄は、そう強がりを心の中でつぶやくと、謙信と美蘭のために、幸村と佐助を連れて離れを出て離れを出て行った。