第12章 恋知りの謌【謙信】湯治編 〜おしおき〜
上杉の離れに到着すると、
美蘭は、そっと馬から抱き降ろされた。
無言で部屋へ向かう謙信の後を追いかけるように、美蘭は後について部屋に戻った。
「…謙信様…。」
「早くその着物を着替えてくれ。奴らに贈られた着物に袖を通しているお前など、見ていたくない。」
「…っ!」
美蘭は、悲しくなった。
謙信にとって敵軍であるとわかっていても、織田は自分の帰るべき場所であり、武将たちは家族のような存在。
そんな大切な人から贈られた着物は、自分にとって宝物であるのに、謙信にとっては、忌むべき物であるのだ。
仕方のないことであるが、
残念な気持ちになった。
「……。」
美蘭は、シュルリと帯を解くと、無言で着物を脱いだ。
「……。」
織田に贈られた着物を脱いで、襦袢一枚になった美蘭の姿を見ても、謙信は気がおさまらなかった。
その悲しそうな表情(かお)は、着物を脱ぎたがっていないことを物語っていたし、
美蘭の本音はまだ隠されているように思えたからだ。
(織田の奴らにはさらけ出せて、何故この俺にはできぬのだ。)
謙信は、美蘭の心を全て暴いてやろうと思った。
「…俺には何も言って来なかったが。椿の存在の…何が不安だったのだ。」
「……っ。」
お前が甘え縋る相手は、織田の奴等ではなく、この俺だろう、と。言葉の端々に思いを散りばめた。
「織田の…彼奴らには何を話した?」
色違いの瞳は怒りに揺れていた。
美蘭は、
初めて自分に向けられた謙信の本気の怒りに、鳥肌が立った。
実のところ、そう見えたのは美蘭への怒りではなく、切羽詰まった美蘭が心を開き泣きつくことが出来る織田の武将たちへの激しい嫉妬であったのだが。
美蘭は、
自分に向けられた怒りだと思い、怯えた。
そしてその美蘭の怯えた様子は、
謙信の苛々を更に募らせた。