第12章 恋知りの謌【謙信】湯治編 〜おしおき〜
離れの前に馬がつけられ、帰り支度は整った。
「皆さん、本当にお世話になりました。」
美蘭は、深々と頭を下げた。
それは、謙信が風のように連れ去ったあの取り引きの場の時とは異なり、まるで嫁入りしていく娘のようで。
織田の武将たちは、揃って不愉快な気持ちになった。
「今生の別れではあるまい。まだ暫くここに滞在するんだろう?また遊びに来い。」
信長が、謙信を一瞥しながらそう言うと、
一気に氷のように冷え切った謙信の視線と気配に気づいた美蘭は、
「…あは、、ありがとうございます…っ。」
苦笑いで信長に曖昧な返事を返した。
謙信は、自分の前に美蘭を乗せると
「…世話になった。」
そう言って馬を出し、織田の離れを後にした。
美蘭の体調を気遣い、
謙信は馬をゆるやかに進めた。
月を見ながら、
夜風にあたりながら進む夜道は心地良かったが
無言の謙信に、
「………。」
美蘭は緊張していた。
「あの…謙信様…。ご心配をお掛けして…すみませんでした。」
美蘭は、
少し経ってから
勇気を出して、馬の上で後ろから自分を抱き締めてくれている謙信を振り返り見上げながら、ポツリと礼を述べた。
「何故お前が謝る。」
美しい満月を背景に、チラと見降ろされた謙信からの視線が冷たく感じて、美蘭は萎縮した。
「わたしのせいで織田の離れに…。謙信様にとって…敵軍の離れを訪れるなんて…嫌な気持ちでしたよね?」
必死にそう伝えながら、
謙信に何と言われるかドキドキして返事を待っていると
「……ああ。嫌な思いを…した。」
「…っ。」
予測はしていたものの、自分の行いによって謙信を嫌な気持ちにさせてしまったことを肯定され、
美蘭は、ズキリと胸が痛んだ。
「ごめんなさ…」
「俺の前では笑って、奴等には心を明かし涙まで見せていたとはな。」
「…っ!」
「そんな風にお前を追い込んでいた自分に嫌気がした。」
謙信は、悔しい思いを握りつぶすかのように手綱を握る手を強く握り締めた。
「謙信…様…。」