第10章 恋知りの謌【謙信】湯治編〜露天風呂 前編〜
「何をしている。独眼竜。」
その底冷えする声の主は…謙信その人であった。
「あ…謙信様、お疲れ様でした…っ…!」
謙信の数歩後ろに椿が歩いてきているのが見え、
「…っ!!」
美蘭は、胸がざわついた。
だが、とりあえずその場を収めようと、
「目にゴミが入っちゃって…。でももう大丈夫です!政宗ありがとうね!またね!」
咄嗟に機転をきかせ、政宗と三成がその場から去るように仕向ける美蘭の必死さに、
「……ああ。また、な。」
政宗も三成も、あえて無言で見送られた。
とりあえずその場を落ち着かせた…と胸を撫で下ろしていた美蘭は、謙信と政宗の冷たい視線がぶつかり合っていたことに気づく余裕はなかった。
「……それで、持って来たのか?」
なんとも言えない気まずい雰囲気を、謙信の言葉が破った。
「はい。…あの…椿さんも、お昼ご一緒しませんか?お弁当、沢山作ってきたんです。」
謙信と目配せしたのち、
美蘭は椿にも笑顔でそう声をかけた。
「……!わ……わたしは…父上との約束があるから…帰る!」
美蘭と目が合った椿は、そう叫ぶと
「あ…!椿さん…っ!」
その場から、屋敷に向かって走って行ってしまった。
(相当嫌われてるんだな…わたし…。)
溜め息をつきながら弁当を広げようとすると、
「…謙信様?」
謙信の両手が、優しく美蘭の頬を包んだ。
「真っ赤ではないか。大丈夫か?まだ痛むか?」
泣きはらして充血している目を、そうとは知らず覗き込んだ謙信が、心配そうに見降ろしていた。
その自分を気遣ってくれている謙信の姿に、
嬉しくて、
でも、拭え切れない不安がはがゆくて
「…大丈夫じゃありません…。」
思わず口走る天邪鬼な言葉。
「…!よく見せてみろ…」
そうとは知らず心配する謙信であったが
「口付け…してくれないと…治りません…。」
「…!」
可愛い我が儘を自分で言っておきながら顔を真っ赤にしてしている美蘭に、謙信は、胸をキュンと鷲掴みにされた。
目は大丈夫なのだと確信した謙信は、
「安心しろ。治るまで口付けてやる。」
色違いの瞳を甘く細めて微笑むと
チュ…と口付けて
天邪鬼な美蘭を甘やかしてやった。