第6章 ~恋と恋の、あいだ~(松川 一静)
『なんか…
しょうがないのかもしんねーけど
なんとなく、納得いかなくないか?
稼ぎがないと親権とれない、って。
親子関係って、金で図れるもんじゃないだろ?』
『ねぇ。
…まぁ、そうは言っても、
結婚したら家庭に入ってほしい、って
夫に言われた時は、幸せだったのよ。
"寿退社の専業主婦"って、
その頃の私の理想だったから。
だから、結婚してからはずっと
家のことも、子どものことも、
親戚や近所づきあいも全部、
私がしてきたのに、
いざってなると、
結局、外で稼ぐ夫の方が
"親"にふさわしい、ってことなら、
私のこれまでは何だったんだろうね。
こんなことなら、
仕事、続けておけばよかったなー
…なんて、
今さら言っても後の祭りなんだけど。』
…もう、皿は、全部、
ピカピカに拭きあがってる。
だけど綾ちゃんは、まだ、
最後の一枚をずっと、拭いてる。
無意識、なんだろう。
何かしながらじゃないと、
気持ちを言葉に出来ないのかな、
そう思ったから、そのまま話しかけた。
『…ね、綾ちゃん、そういうの、
1人で抱えてたら辛いんじゃない?
母さんとかに愚痴ればいいのに。
たまには会ってんだろ?』
『うん。
お店開いたり、取引先を探したりするのも
静に、相当力になってもらったし、
この家の引っ越しも、一緒に準備したのよ。
今でも時々、顔出してくれる。』
『俺、よく知んないけどさ、あの人、
いろいろ?!経験してるみたいだから、
俺なんかよりよっぽど綾ちゃんの
話し相手になるんじゃねーの?』
皿を拭いていた綾ちゃんの手が、
フッ、と止まった。
俺を見上げて。
何か言いたげで、でも、ためらってて。
『…なに?』
『静は、すごい人よ。強くて、魅力的。』
…母親を誉められてるのに、
なんだか返事しづらいのは、なぜだ?
『…ん…』
『だからこそ、…静に、弱音は、吐けない。』
え?
『なんで?』
『…いっちゃんからしたら、
私、ヒドイ女だと思うだろうけどね、』
目線が、はずれる。
握っていた皿を、カチャン、と置いて。
少しの間があく。
ため息が、ひとつ聞こえた。
なんでだろう、
そのため息が、糸みたいに、
綾ちゃん自身に絡みついた気がした。
細いけど、
湿気を帯びた、黒い、糸。