第6章 ~恋と恋の、あいだ~(松川 一静)
『あのさ、食べたいもの、
リクエストしたいんだけど。いい?』
『いいよ、なぁに?
…あ、もしかしてチーズインハンバーグ?』
『そう!』
『わかった、じゃ、そうしよ。』
『いつなら、来ていい?』
『夜、家にいるのは水曜だけだから、
一週間後に、おいで。』
『来週?くそー、待ち遠しい!
ね、すっげー、腹、減らして来るから。
でっけーヤツ、食べさせて。』
『わかった(笑)』
こんなフツーの会話をしてる時は、
いつもの綾ちゃんでいてくれる。
…そして、一瞬の、沈黙。
テーブルを挟んで、沈黙。
3秒?4秒?5秒?
ゴクン、と、自分が唾を飲み込んた音が
ものすごく大きく聞こえる。
キス、したい。
綾ちゃんの顔は、すぐそこ。
手を伸ばせば、
テーブル越しでもこっちに近づけられる。
ガタン。
…先に動いたのは、
俺じゃなくて、綾ちゃん。
テーブルについた手は、
俺に近づくため
…ではなく。
立ち上がって、
食べ終わった食器を運ぶため。
『さ、そろそろ帰りなさいね。』
そういう背中が、
全力で俺を拒否してる。
"これ以上は、ダメ"って。
…そうだろうな。
それが
大人のとる態度として正しいんだろうな。
ポケットの小さな箱に手が触れる。
…ゴム。
こんなもん、買ってきたなんてバレたら、
綾ちゃん、俺のこと、軽蔑するかな?
あんなに必死で走って来たくらい
下心があったなんて、
とても言えない雰囲気で。
…黙って引き下がるしか、出来ない。
『うん、帰る。』
『タクシー、呼ぼうか?』
『いらない、いらない。まだ8時だし。
今なら、全然、電車で大丈夫。』
玄関で靴紐を結んでいたら、
エプロンで手を拭きながら
綾ちゃんが近づいてきた。
『気を付けてね。』
『うん。』
靴紐結んで、立ち上がる。
俺よりずっと小さい体の向こう側に
飾りっけのない畳の部屋が見える。
…昨日、あそこで抱き合って、
今日はあそこで飯、食って…
そんなことを考えてたら、
『…ら?』
綾ちゃんが何か言ったのを
聞き逃してしまった。
『ん?』
『今度来る時は、彼女も連れてきたら?』
心の中に、風が巻き起こる。
自分でも驚くほどの、突風。