第6章 ~恋と恋の、あいだ~(松川 一静)
俺がトイレから出るのと、
綾ちゃんが玄関を閉めたのは
ほとんど同時だった。
『領収書、もらっとくね。』
手を差し出されると、
渡さないわけにはいかなくて。
…俺の"最後の切り札"は、
簡単に向こうの手に握られてしまう。
『わざわざ、ありがとね。』
『…別に、わざわざってわけでも…』
ホントは、わざわざ、だけど。
無意識にポケットに突っ込んだ手に、
四角い箱が触れる。
さっき
彼女ともめる原因になったコンドーム。
おっちゃんから取り返したコンドーム。
…勢いつけて、
こんなもんまで買ってきたのに。
結局、領収書渡してトイレ借りて、
隣に住む男に嫉妬して、おしまい。
俺、ダサッ。
『あぁ、そうか。
今から、街にご飯食べに行くのね?
その前に、寄ってくれたんだ。』
飯?
『…綾ちゃん、飯は?』
『私?夜は、
なんとなく食べない習慣になっちゃった。
いつも、夕方からお店に出てるからね。
…自分一人のために作るのも、面倒で。』
『ダメだよ、食べなきゃ。』
『私のことは、どうでもいいんだけど。』
『食べよう、今から。俺、腹へった。』
『いっちゃん、食べに行くんでしょ?』
『別に、決めてるわけじゃないから。
…俺、今、超、
綾ちゃんのオムライス、食いたい。』
『オムライス?オムライスでいいの?』
『オムライスがいい。』
ホントは、何でもよかった。
むしろ、飯じゃなくてもよかった。
ここにいられれば、何でもよかった。
でも、思い付いたのが、それだった。
綾ちゃんがうちにいた頃、
手早く作るのにすごくおいしくて
母さんも絶賛して何度も作ってもらった。
『…ダメ?』
フッ、と、綾ちゃんが笑う。
セーターの袖を、まくりながら。
『男の子がお腹空かせてるの見ると、
いっぱい、食べさせてあげたくなるのは
私にもまだ主婦魂があるってことかなぁ。
…いっちゃん、手伝ってくれる?』
『俺に出来ること、ある?』
『あるある。』
『じゃ、やる!』
なんでも、やる。
ここにいていいなら。
セックスしなくても、いい。
綾ちゃんと喋っていられるなら
それでいい。
小さな台所。
でっかい割に役立たずな俺は
どう考えても邪魔な存在だけど、
それでも、そこにいたかった。