第6章 ~恋と恋の、あいだ~(松川 一静)
『…早く、静より先に帰りなさい。
いい?今夜、いっちゃんには、
何も変わったこと、なかったんだよ。
わかるよね?』
『…』
何も言えない俺の前で
綾ちゃんは、タクシーを呼んだ。
『タクシーとか、いらないし。歩く。』
『未成年がこんな時間に出歩くなんて
絶対、ダメ。さ、早く…』
とるものもとりあえず
…といっても、
ポケットの財布とスマホ以外は手ぶら…
背中を押すように玄関に連れていかれる。
俺のデカいスニーカーの横に、
綾ちゃんのヒールが転がってて、
ほんのさっきの、
玄関でのセックスを思い出した。
あんなに、乱れて。
あの時、確かに一緒に
快感を分かち合えてると思ったのに。
靴を履いて振り返ると
綾ちゃんが、俺の手に札を何枚か握らせる。
『これで払って。』
『いらねーって。』
『お願いだから、言うこと聞いて。
とにかく、早く、帰りなさい。』
『…また、来ていいかな?』
『…ダメ。高校三年のこの時期に
夜の繁華街なんかで見つかったら、
いっちゃんの未来に傷がつく。』
『及川じゃあるまいし、
俺の未来なんてたいしたことねーよ。』
フフフ…
綾ちゃんは、笑った。
『今は、眩しすぎて、見えないのよね。
…いっちゃんは、大丈夫。
たくさん愛されて育ってるから。』
それはそうかもしれないけど…
『そんなんより、俺、』
『ぁ、タクシー、来たみたい。
ほら、行って。早く。』
言葉を遮るように
無理矢理、背中を押されて
外に出された。
『…綾ちゃん、』
閉まるドアの隙間に差し込めたのは、
たった、一言。
『綾ちゃん、おやすみ。』
返事は、なかった。
…結局、俺、
優しいことも、
男らしいことも、
何も言えなかった。
タクシーに乗り込みながら
綾ちゃんの部屋を見上げる。
…電気、ついてない。
暗いままの部屋で、何してるんだろ?
情けなさだけを抱えてタクシーに乗ると、
あっという間に家につく。
気持ちの整理もつかないくらい、
あっという間。
あんなにすげー探したのに、
案外近くにいたんだな。
そんで、
やっと見つけて、
やっと少し近づけたと思ったのに。
なのに、
今はまた、すごく遠くに感じる。
近づいちゃいけない人、だからだろうか。