第6章 ~恋と恋の、あいだ~(松川 一静)
早く、早く、早く。
とにかく立ち止まるのがイヤで、
店を出て、迷わず階段へ向かう。
…エレベーターを待つのがイヤだ。
重い鉄の扉の向こう、
静かなコンクリートの階段で、
粘りつくような
ギュッ、という音をたてるスニーカーの
靴底を引き剥がすように
一段飛ばしで駆け下りて、
バーン、と扉を開いて外に飛び出し、
通りに身を乗り出すと、
酔い客を避けながら
ノロノロと走るタクシーを見つけ、
大きく手を振って車を止めた。
カチャン、と後部座席のドアが開く。
頭をぶつけないように背中を曲げながら
後部座席の奥に座り、
『すぐに連れが来るから、
ちょっと待ってて下さい。』
と、運転手に告げて
祈るような気持ちでビルを振り返る。
…綾ちゃん、もう、逃げるなよ…
…約束したんだから、絶対、来るよな…
来る、って信じているのに、
それでもまだ、
どこかで少し、疑ってしまう気持ちも。
本当に、俺はこれから、
綾ちゃんを抱けるんだろうか?
頭の中がチカチカする。
心臓の音が耳の中で鳴り響く。
そして、
エレベーターのボタンのランプが
ゆっくりとカウントダウンのように
移動するのが見えて。
4…3…2…1。
扉が左右に開き、現れた。
綾ちゃん。
俺の逸る気持ちとは正反対に、
ゆったりとした仕草とスピードで
こっちに歩いてくる。
タクシーの中をのぞきこみ、
俺の顔を見つけて笑うと、
運転手がドアを開け、
綾ちゃんが俺の隣に乗ってきた。
バンっ、と閉まったドア。
小さな車の中の、動かない濃密な空気。
綾ちゃんが行き先を告げると、
車はまた、さっきみたいにノロノロと
酔い客の波をくぐるように動きだす。
シートに何気なく置いた手の
小指と小指が触れた瞬間、
俺が自分でも知らない、
"独占欲"というスイッチが、入った。
その手を、ギュッと握る。
…俺、ベタベタするのは
あまり好きじゃないはずなのに。
彼女と手を繋ぐのも、
本当はあまり好きではないはずなのに。
そんな俺の独占欲を知ってか知らずか、
綾ちゃんも手を握り返しながら
何食わぬ顔で運転手に道を指示してる。
誰も知らないけど、
俺たちは今、
密かに手を握りあいながら
禁断の時間に向かっている。
…この興奮だけで、イケそうだ…