第6章 ~恋と恋の、あいだ~(松川 一静)
『…ふぅっ…』
あまりにも長いキスで、
お互いに息苦しくなってしまい、
思い出したように体が離れる。
黙ったまま、何気なく
人差し指で唇に触れている仕草が
なんだかすごく色っぽく見えて、
…もう、あんなキスしたんだから、
次に進んでもいいよな?…
綾ちゃんの肩を掴んで
そのままソファに押し倒した。
こういう時、
なんか言った方がいいのか?
でも、興奮してて、頭が働かない。
その代わり、体は勝手に動いて、
白いブラウスの前に並ぶ
小さなボタンに手をかけた時、
綾ちゃんの声がした。
『いっちゃん、ちょっと、待って…』
は?
『待たない。』
ボタンが小さすぎて、
そして俺が焦りすぎて、
なかなか1つ目がはずれない。
『ね、いっちゃん、』
『もうっ、なんだよっ、』
綾ちゃんの手が、俺の手を押さえる。
『…まさか、今さらダメとか言わねーよな?』
『違うの、ダメじゃ、ない。』
ダメじゃない、ってことは、
いい、ってことだよな?
いい、っていうのは、
脱がせていい、ってことだよな?
『ダメじゃないけどっ、お願い、』
『だから、なにっ?』
手の先が、ムズムズする。
早く、ボタン、はずさせろ。
じゃないと、破いてしまいそうだ。
『ここでは…店では、やめて。』
今さら。
『なに言ってんの?』
組み敷いたまま、一応、手を止める。
『俺、今、コーフンしてっから。
よほどの理由じゃなきゃ、
いくら綾ちゃんの頼みでも
言うこときかないよ?』
『ここは…特別な場所だから。』
『なんで?』
『この店の名前ね、』
店の名前?…K。
さっき聞かれたとき、俺が
"コーヒーの、K?"って間違って
二人で笑ったっけ。
あの時の
ふわっとした気持ちを思い出したら、
盛ってた欲望が、
少しだけおとなしくなる。
『店の名前が、何か関係あんの?』
『…ケイって、息子の名前なの。
息子に恥ずかしくないように
ちゃんと生きなくちゃ、って意味で。
だから、ここでは、その…』
この小さな空間を
毎日、丁寧に掃除しながら
息子への罪悪感を忘れないように、と
離婚した自分を戒めてるのだとしたら。
この店のこぢんまりとした清潔感が
綾ちゃんの独り暮らしの
気持ちの支えになってるんだとしたら。