第6章 ~恋と恋の、あいだ~(松川 一静)
カタン。
空になったグラスを置いて、
向こう側の綾ちゃんを、見つめる。
俺を見つめ返す綾ちゃんは、
唇をキュッと結んで。
まるで
"何を聞かれても答えない"という
意思表示のように、固い口元。
…俺だって。
俺だって、
"何を言われても帰らない"という
気持ちを込めて、強く言葉を繋ぐ。
『俺が聞きたいこと、まだ何も聞いてない。
…せっかくここにたどり着いたのに、
このまま帰れるわけ、ないだろ。』
『…聞きたいことって、何?』
『…』
聞きたいこと、いっぱいありすぎて、
何から聞いたらいいかわからない。
言葉を選べなくて悔しくて、
唇を、血が出そうなくらい噛み締めて、
ますます、一言も話せなくて。
そしたら綾ちゃんは、
フウッ、とため息をつきながら
カウンターから出て来て、
俺の背中をトン、と叩いて言った。
『用がないなら帰りなさい。』
そして、
俺より先に入り口まで歩いていき、
ドアを開けて、言った。
『さぁ、帰りなさい。』
さっきまで、
あんなに楽しく一緒に話してたのに。
まったく別人みたいに冷たい声で。
…カウンターから立ち上がり、
のろのろと、ドアに向かって歩く。
前に立ち止まった俺を見上げて
綾ちゃんは、言った。
『…まだ高校生なんだから。
こんな夜遊び、しちゃダメよ。
内申書に響いたりしたら大変…』
『…そんなに、迷惑?』
『え?』
『俺って、そんなに迷惑?』
一瞬の間。
そして、真っ直ぐに俺を見上げて。
『迷惑。』
『…うそつけ。』
『うそじゃない。迷惑だから。』
『迷惑だから、俺を置いてったんだ?
迷惑だから、俺を避けて逃げてんの?
ずりぃだろ、自分のことばっかり。』
一瞬、綾ちゃんの表情が
歪んだ気がする。
…泣く前、みたいな顔。
『ごめん、言い過ぎた。』
『…うぅん、いっちゃんの言う通り。
あたし、自分のことばっかり。
ずるくて、逃げてばっかり。
弱くて覚悟もなくて…静とは大違い。
だから、お願い、もう、放っておいて。』
さっきまでの笑顔も、
その後の冷たい顔も、
あっという間に消えてしまった。
今、目の前にいるのは、
後悔をいっぱい抱えて傷付いて、
すごく弱ってる、女の人。
放っておけるわけ、ないだろ。