第6章 ~恋と恋の、あいだ~(松川 一静)
カタッ、スーッ。
あっという間にエレベーターは止まり、
静かにドアが開く。
箱から降りると、
目の前に、薄暗い通路。
赤や、黄色や、白や、青の看板と
小さなドアが並んでいて。
…ここまで来たんだ。
とりあえず、見ていこう。
目の前にあるドアを、
目の前にある看板を、
ひとつひとつ見ながら、
ゆっくりと通路を歩き出した。
スナックの前に立てば、
閉めたドアの向こうから
エコーたっぷりの外れた歌声。
鉄板焼きステーキの店の前では、
牛肉を焼く、脂身の甘い匂い。
ワインバーは、
看板もシックでシャレた雰囲気。
へぇ、
ダーツバーとか雀荘もあるんだ…
小さい頃から毎日のように
この夜の街で飯を食ってきたけど、
それでも俺がいた場所は
ちゃんと俺を"守って"くれるところ
ばかりだったんだと、改めて知る。
店の数だけ看板があって、
店の数だけ名前があって。
…そういえば、聞いたことないな。
母さんの店"一人静"の由来。
"静が一人"って、なんか、ヤじゃね?
母さんは、一生、一人身ってことか?
誰がつけたんだろ。
母さん自身だろうか?
一生、一人を愛する、なんて
バカみたいな若気の至りで
つけたわけじゃねぇだろうな?
…そんなことを考えながら
一件一件見て歩いたけど、
三階には、
コーヒー屋らしい店は、なかった。
四階まで、見ていこう。
エレベーターに戻るのが面倒くさくて、
目の前の階段で上ることにする。
ギ、ギー…
ガチャン。
銀色の冷たいドアノブをひねって押すと
古臭い音がして、重たい鉄のドアが開く。
灰色のコンクリートの階段スペースは
薄暗くて寒々しく、
ガチャーン。
閉まったドアの音が異様に大きく響いて、
なんとなく、ここから先に行くことを
拒否されているような気がしてしまう。
…とりあえず、行ってみよう。
トーン、トーン…
スニーカーなのに、
階段を上る靴音がやけに大きく響く。
母さんの友達が店を開いた、と
おっちゃん達は言っていたけど、
そもそも母さんの友達だって、
綾ちゃん1人じゃないし。
もし綾ちゃんだったら、
母さんが俺に言わないわけがない。
きっと綾ちゃんじゃないんだろう、
と思うのに、
引き返そうとも思わない。
自分でも知らない気持ちが
俺を突き動かしていた。