第6章 ~恋と恋の、あいだ~(松川 一静)
…カチャン…
重いドアを開いて、4階へ。
3階と同じように、小さな店な並んでいる。
そのひとつひとつを確かめながら、
ゆっくりと歩いた。
…そして段々、思い始める。
見つからない方が、いいのかもしれない。
もし見つけてしまったとして、
そしてそれが
綾ちゃんの店だったとしたら、
俺、どうするつもりなんだ?
…黙って出ていかれたこと、
母さんが、
その店のことや綾ちゃんのことを
俺に言わないでいること、
どう考えても、
happyな答えが待っているとは思えない。
このまま、
人生のほんの一瞬、
一緒に暮らしたことのある人、として
チラッと記憶しておくくらいで
ちょうどいいような気がする。
彼女がいて、
仲間がいて、
たくさんの家族がいて、
とりあえず母親がいて、
それでもう、充分だよな、俺。
うん、そうだ。
間違いなく、そうだ。
このまま、
エレベーターまで行ったら、帰ろう。
そう思いながら、歩みを早める。
ラウンジ。
スナック。
小料理屋。
ワインバー。
カラオケバー。
チラチラと看板を見ながら、歩く。
うん、ない。
コーヒーを飲む店なんか、ない。
なくていい。なくていい。なくて…
ふと、立ち止まる。
それまでの店とは、少し違う雰囲気。
ドアの横に、
まるで一軒家の表札のような、
小さくて四角いガラスのプレート。
そこには一文字だけ、アルファベットが。
『K』
おっちゃん達の言葉を思い出す。
"一文字のような二文字のような"
"カタカナみたいな漢字みたいな
アルファベットみたいな。"
…きっと、これだ。
奥さん達から聞いた店の名前を
"K"と思ったのか、
"ケイ"と思ったのか
"圭"とか"景"とか"慶"と思ったのか、
それで全然、印象が違う。
ガラスの表札の下に、
アンティーク調の"OPEN"のプレート。
…"K"って、何の"K"なんだろ。
そう思って立ち止まった俺に届いたのは、
カチャン、というドアの開く音。
香ばしい、コーヒーの香り。
コツコツ、という靴の音。
そして、
あぁ、やっぱり、
俺が聴きたかった声。
俺が聴きたかった言葉。