第6章 ~恋と恋の、あいだ~(松川 一静)
唯一の手がかりになりそうなのは、母。
きっと、何か、知ってるはずだ。
…前にも言ったけど、
俺は、母の店には近付かない、
という約束をしてる。
同じ理由で、
滅多なことがない限り、
店に出てる時には、電話しない。
今まで1度も
その約束を破ったことはなくて、
夜、急に熱が出たりしたときも、
母ではない"外の家族"に
連絡して助けてもらった。
だけど。
綾ちゃんのことは、
母に聞くしかない。
『これは、緊急事態だから。』
自分に言い聞かせて、
母のスマホに電話する。
…一回。二回。三回。
呼び出し音が、留守電に切り替わる。
『…くっそー、出ろや。』
接客中だとわかっていても、
それでもやっぱりイライラする。
連絡先は、もう1つ。
店の常連客だけが知ってる電話。
これにかければ、必ず、店の誰かが出る。
…ちなみに俺は、
この番号にかけたことがない。
でも、今夜は、迷わなかった。
2回目のコールで、繋がる。
『もしもし。』
落ち着いた、男性の声。
この人のことは、
母から話を聞いたことがある。
表だって遊べない事情を持つ客の
秘密の自由時間を守るために
様々な融通をきかせてくれる、
いわば、客全員の、秘書。
向こうから店の名前を言わないのは、
わざとだ。
『あの、母をお願いします。』
『恐れ入ります、お客様。
弊社には女性社員が大勢おりますが、
お名前をお伺いできますか?
伝言いたしまして、
こちらから、折り返させて頂きます。』
あくまでも"会社"を装う話ぶり。
大人の社交場に集まる人の
秘密と立場を守る、プロの仕事。
…俺の母親は、そこの経営者。
俺も、自分の行動の軽率さにハッとする。
『すみません、松川 静の息子の一静です。
あの…うっかり、母のスマホに
着信を残してしまったんですけど、
急ぎではないので折り返さなくていい、と
伝えていただけますか?』
『承知しました。』
『…よろしくお願いします。』
電話を、切る。
シン、とした空間。
目の前に、誰もいないキッチン。
昨日の今頃は、綾ちゃんと
そこで、キスしてたのに。
…どれが現実で、
どれかは夢なのか?
境目が、わかんねーよ…
♪チャラ、ラーリランっ♪
聞きなれた、電子音。
立ち尽くしていた俺の手の中で
急に電話が鳴り出した。
