第6章 ~恋と恋の、あいだ~(松川 一静)
『ただいまー。』
靴を脱ぎながら、声をかける。
綾ちゃんは
『おかえり!ねぇ、彼女と晩ご飯、
何、食べてきたの?』
と、返事をする、と思ってたのに、
『綾ちゃーん、』
返事が聞こえなくて。
なんだよー、お土産まで買ってきたのに。
ちょっと拗ねた気持ちでリビングを覗く。
『綾ちゃん、ただいま。』
…いない。
いつも、帰ったらすぐに食事できるように
テーブルの上に並んでいる食器も、
1つも、ない。
…風呂?
『ただいまー。』
洗面所のドアを開ける。
…風呂場も、真っ暗。
あぁ、俺が遅いと思って寝てるのか。
そーんな、制服で深夜まで
遊んでるわけねぇのに。
飯、作ってもらおうと思ってたのに。
…起こしたら、悪いかな?
母の部屋をノックする。
『…綾ちゃん?』
真っ暗。
人の気配を感じない。
入り口の壁に手を伸ばし、
パチン、と、電気のスイッチを入れる。
いつも、
夜は綾ちゃんが使ってる母のベッドは、
キレイに整えられていて。
ハッ、と気づく。
…綾ちゃんがうちに来た時から
ずっと置いてあったトランクが、ない。
なんだろ。悪い予感。
あわてて、キッチンへ行って食器棚を開ける。
いつも綾ちゃんが使ってるマグカップが、ない。
箸も、茶碗も。
立ち尽くしたまま、
昨日の綾ちゃんを思い返した。
…俺の好きなものを
ズラリと並べてくれてた夕食のテーブル。
"いっちゃんは悪くない"と
俺のわがままに応えてくれたキス。
"彼女の作った弁当の報告なんかしなくていい。"
"明日は晩飯は作らない"と
突き放した態度。
作りすぎた夕食を
タッパーに小分けにして冷凍したこと。
…もしかして、全部、
綾ちゃんの心の中では
俺の前から黙って消えることを
決めてたからの行動なのか?
手にしていたケーキの箱が
ガタン、と落ちた。
それほど…自分でも驚くほど…動揺してる。
なんか、
置き手紙的なものとかあるんじゃ?
鞄もそのままにあちこち探すけど
どこにも、
紙切れ一枚すら
綾ちゃんの形跡はなくて、
愕然とする。
俺、綾ちゃんのこと、
何も知らない。
行きそうな場所も、
メルアドも、電話番号も。