第21章 ワルツ
結局、アゲハはあのまま戻らず。宿を出たのはエルヴィンとリヴァイだけだった。
昨夜の夜会だけでも彼女の疲労は相当な物だった。だから初めから今夜の夜会には彼女を連れて行くつもりはなかったと、移動中にエルヴィンは言った。
「それ、アイツには話してあったのか?」
「いや、話してない。」
話してしまったら、一日だけならと彼女は更に無理をしていただろう、とエルヴィンは言う。
確かに普段とは違い、だいぶ疲れを外に出していたがそこまでとは思えなかった。
「アゲハには甘いな。」
「そうか?」
「俺も嫌々なんだがな。」
今夜は仮面舞踏会が行われるらしく、アゲハが宿を飛び出してすぐに入れ違いでランスロット伯爵の使者からそれが届いた。
「今夜は身分を忘れ楽しんでくれ」との手紙付きの仮面。
だが、それはとても顔を隠すには不十分過ぎる、無駄に装飾ばかりが豪華なものだった。
こんな仮面一つで何が隠せるというのか。
「まぁ仮面舞踏会なら彼女が不在でもすぐには気が付かれないだろう。」
「…俺は適当に抜けさせてもらうからな。」
お上品にダンスを、なんて柄ではない。
「ご婦人方はお前にも興味があるようだったが。」
「…っち。くだらねぇ。」
よくニコニコと相手が出来るもんだ、と嫌味を込めて返す。
「俺の笑顔一つで資金が増えるならいくらでも笑うさ。それでまた、人類は外へと、自由へと繋がるんだからな。」
「………。」
その顔はいつにも増して真剣で、自分にとってはくだらない時間だと思っていたことが少しだけ恥ずかしく感じた。
それと同時にエルヴィン・スミスという男に、恐怖にも似た物を感じる。
本当にこの男は、何もかもをそこに、これだけの為に向けて考えているのだろう。
だから自分の目的の為には何をするかわからない、一歩間違えればとんでもない事をしでかしかねない。
例えどんな犠牲を伴ったとしても。それが自分の命だったとしても。
とても自分には到底計り知れない程の大きな覚悟をしているのだろう。
「さぁ、そろそろその仏頂面をやめて。少しは愛想よくしてくれ。」
煌びやかな建物へと馬車が進む。
昨日と同じ場所とは思えない程、装飾品が一新されており、仮面舞踏会に相応しくどこかミステリアスな雰囲気が出来上がっていた。