第20章 星空と月
ランスロット伯爵が手配した宿は、王都の中でもかなり高級な所だった。建物を出たら直ぐに人々が行き交う街に出られる。
普通に街を歩く民衆ですら、綺麗な装飾の施された服を身に付けていた。
市場や店先に並んでいる果実や魚、パンや肉類もまるで違う。
「これは珍しい所で会いましたな。」
背後からかけられた嫌な声に、アゲハは咄嗟に笑顔を浮かべて振り返る。
顔は解るが名前が思い出せない。豪華絢爛な衣装、脂が乗ったニヤケ顔。
「スミス君は一緒ではないのかな?」
『ちょっと一人で散歩をしていたもので。』
会話の中から必死にヒントを探す。
エルヴィンの名前が出たのはありがたいヒントだ。おそらく、資金援助をしてくれている貴族の中の誰か、もしくはその関係者なのは間違いない。しっかり愛想を振りまいてから、無用な誘いを受ける前に立ち去るのが上策だ。
「こんな所を散歩していても楽しくはないだろう?」
『いいえ、とても楽しいですよ。私達では目にする事もない様なものばかりで。』
「まぁ、君達にはそうかもしれないな。ところで今夜もあの珍妙な格好をするのかな?」
珍妙な格好とはあの少年姿の事だろう。
それを言われアゲハは一人の人物が頭に浮かんだ。
昨夜、エルヴィンに付いて挨拶回りをしていた時にしつこく話しかけて来た男がいた。確かランスロット伯爵のご友人、だったはず。
『見抜かれていましたか。』
「ランスロットから君の話もよく聞かされていたからね。どれ程の美女かと思っていたが、あれはスミス君の策かな?」
ここは素直に話してしまったらマズイだろう。
衣装を用事したのは確かにエルヴィンだったが、それを要求したのはランスロット伯爵の方。内心でエルヴィンに最大限の謝罪をしながら、アゲハは小さく頷いた。
「ハハハ!サプライズにしては驚きはあったがいまひとつだな。」
アゲハは何度も何度も心の中で『ごめんなさい』を繰り返しながら、笑ってやり過ごす。
「そうだ!ならば今夜は私が本物のサプライズをしよう!君、協力してくれるね?」
『え?』
「ランスロットのマヌケな顔が目に浮かぶぞ!」
私からスミス君には連絡しておこうと言われ、さぁ、準備をしよう!と肩を抱かれ歩き始める。
アゲハの心の声は謝罪から助けを求める言葉に変わっていた。