第3章 例え自分が何者でも【山姥切国広】
それから数日後。
遡行軍の殲滅も一段落したある日の午後のことだった。
「山姥切~~!!クッキー焼いたんだけど、一緒に食べよう!!」
山姥切は主が差し出した皿を見下ろした。
「……いただこうか」
「え?」
「なんだ、写しにこの返事をされるのは嫌か?」
莉央は山姥切の返答で見開いた瞳を、今度は細くして笑った。
「怪我、もう大丈夫?」
「あんたが気にすることじゃないと言っているだろう」
「……うん」
莉央と山姥切が同時にお茶を啜る。
「あの」
「なんだ?」
もじもじと次の言葉を我慢する莉央を、山姥切はじっと見つめた。
「多分、私が何て言っても、何も変わらないだろうけど……でも、言いたいことがあってね?」
「用件は手短に言え」
「う……うん」
莉央は改めて、山姥切と向き直った。
「あのね、あなたはその……写しかもしれないけど……私は……!」
そこまで言いかけた莉央であるが、
「あぁ、その話か」
軽く手を上げた山姥切に制されて、続きの言葉は言えなかった。
「あ、あの……」
やっぱり、私が何を言っても……そう思った莉央であったが。
「俺は写しだ。それは変えようがない事実だ。今更前向きになれる訳がない……ただ」
山姥切は真っ直ぐに莉央の瞳を見つめる。
「それを言い訳に逃げたり諦めたりなんて、二度とごめんだ。敵からも、あんたからも」
莉央の瞳がみるみる大きくなっていく。
山姥切はそれを見届ける前に、最後のクッキーの欠片をかじると席を立った。
山姥切は部屋へ戻る途中、懐からお守りを取り出した。
莉央からもらったものであるが、彼を破壊から守るために使われたために、もう効力はない。
それを見つめる山姥切は、やるせなさに肩を落とす。
(とはいえ、まだこの気持ちを伝えるのは尚早だろうな)
その時の彼の表情を知るものは、この本丸にはいなかった。
-END-