• テキストサイズ

なるもの

第1章 プロローグ


 その日、私は暖かな布団に潜り込んで幸せな夢を見ながら心安らかに1日を終える自信が、なかった。
 なにせ朝から近年稀に見る不幸続きだったのだ。手始めに落とすことのできない講義がある今朝、盛大に寝坊し、身支度時にコンタクトを紛失。さらに急いで喉に流し込んだカフェオレでむせて着替えたばかりの服を汚し、もう一度着替える羽目に。なんとか家を出た矢先に通学用の自転車のタイヤがパンクしているのが目に入り、半泣きになった。結局ほぼ走って大学にたどり着いたものの10分ほど遅刻をし、講義後に教授に叱られた。ついでとばかりに教授から言いつけられた用事を済ませに教務課に向かうも、途中で苦手な先輩につかまり、得意でない愛想笑いと大げさな相槌を5分ほど披露した。気疲れしたので飲み物を買おうとポケットを探ると、そこにあるはずの財布は無く、昨日受け取ってそのままだったコンビニのレシートが虚しく顔を出した。最早昼食を購入する望みすらも絶たれ、失意のどん底にある私にその後も哀しい出来事は起こり続け、最終的に現在雨に降られながら帰途についている。もちろん徒歩だ。小降りとはいえ、2月初旬の雨は冷たい。しかも時刻は19時半。あたりは暗く、気分のせいかいつもより物寂しく見える。
 本当に、破壊的についていない。辛い。こういうとき一人暮らしは辛い。友人に話して大変だったねーと言ってもらい一時の心の安らぎを得られたものの、アパートの自室のドアを開けても誰もいないというだけで、今日は心にダメージを負いそうだ。誰かの家に泊まらせてもらえばよかった。いや、大学に入学してこの方1人暮らしもそろそろ1年経つのだ、そんなわけのわからない理由で友人に迷惑はかけられない。というか私に降りかかるこの不幸が、友人を巻き込んだらいたたまれない。
仕方ない。こう思おう。今日私を襲った37の不幸はこの世界のどこかの37人が今日被るはずだった不幸なのだと。私のおかげで今日、37人が些細な不幸にイラつかず、何でもない幸せな1日を送ったはずだ。



/ 4ページ  
スマホ、携帯も対応しています
当サイトの夢小説は、お手元のスマートフォンや携帯電話でも読むことが可能です。
アドレスはそのまま

http://dream-novel.jp

スマホ、携帯も対応しています!QRコード

©dream-novel.jp