第4章 甘いキスを教えてあげる ※【大将優】
「優、明日新しいパティシエの子来るからよろしくな」
「ああ…明日からだっけ」
結婚後しばらくして、梨央さんは店を辞めた。
代わりに入った伊藤さんという女の人も、出産のため1ヶ月後に退職することになっている。
後任のパティシエは、伊藤さんに付いて1ヶ月間仕事を覚えてもらった後に、本格的にミャゴラーレのパティシエとして働くらしい。
「お前、会ったら絶対びっくりするぞ?」
「何?誰?」
「それは会ってのお楽しみぃ~!」
含みをもたせた言い方で帰っていく兄貴。
まさか……
梨央さんが戻ってくる?……なんてこと、ないよな。
別に、あの恋を引きずっているわけではない。
今梨央さんに会ったとしても、 "昔好きだった人" ―――それだけの感情しか生まれないと思う。
それでも、明日この店に訪れるのがもしかしたら彼女かもしれないと思うと、俺の胸は一晩中ソワソワと落ち着かなかった。
朝一で店に入るのは、いつも俺。
まず窓を開け放して、店内の換気。
着替えて手洗いを済ませ、開店時間に向けて仕込みに入る。
いつもと同じ流れで作業している中、厨房に兄貴が顔を出した。
「おはよー!」
「おはよ。兄貴にしては早いんじゃね?」
「ああ。新しい子に、この時間に来てもらうよう言ってあったから」
「そうなんだ」
「今着替えてる。俺がヘッドハンティングしてきた子だからな。きっといい仕事してくれるよ」
なんでも伊藤さんの後任を探している時、たまたま行ったレストランで出会い、兄貴が口説き落としてきたらしい。
俺の目の前でやたら楽しそうに鼻唄を歌っている。
まあ…兄貴が楽しそうなのはいつものことなんだけど。
この人に悩みはないんだろうか?
我が兄ながら羨ましい性格だ。
そんなことを考えているタイミングで、厨房の扉がノックされた。
「はいはーい」
兄貴は外へ出て、白いコックコートの袖を引っ張って来る。
そして得意気な顔をして、 "彼女" を俺の前に連れてきた。
「じゃじゃ~んっ!!紗菜ちゃんでーす!!」