第4章 カフェバイト【香】
「そ、そうだったあるか……。香港は我の知らないところで成長してたあるな」
こんな思い付きの杜撰(ずさん)な演技に耀さんは騙されてしまったらしい。耀さんは衝撃を受けた表情で琥珀色の瞳を見開く。でも全然これっぽっちも名案じゃないからね。むしろ迷案だから。
「仕方ねえある。香港がその気なら、我には止められねぇあるよ。お前の好きにするよろし」
耀さんは寂しげに目を伏せて呟いた。というかこの茶番、本当にどうしたものか。
「そうっすよ。もう誰も俺との仲を邪魔できない的な」
神妙な面持ちで賛同する香くん。なんか変な空気流れてない? これ全くもって真剣な話じゃないからね?
納得してしまった耀さんは帰ってしまった。どーすんのこの空気。私はジト目で香くんの方を見る。しかし彼は何事もなかったかのように涼しい顔をしてスタッフルームを出ようとしていた。
「ちょーっと待った! 人を巻き込んだのだから謝罪をしてもいいのでは?」
私は頭を抱えながら香くんを呼び止めた。香くんはこちらに振り替えると、
「俺がここで謝ったらさっきのが嘘になるっすよ」
ん? 何か難しいこと言ってませんか? なけなしの脳味噌で考えを巡らす私。さっきの茶番は嘘じゃなかったってこと……?
「んじゃ俺、店長に呼ばれてるんで」
「あ、ちょっと……」
ぐるぐる考えても答えは曖昧なまま、時間だけが経ってしまった。ふわふわのカプチーノみたいに、私の頭の中もふわふわしている。その後の仕事はどこか上の空で、女子のバイト仲間からは心配をされてしまった。
ちなみに香くんはいつも通りの表情で接客の言葉遣い以外は完璧にこなしている。さっきのは何だったのだろう。
「店長、お先に失礼します!」
バイトが終わって帰る時刻。鞄を持って裏口へ向かおうとしたら接客中の香くんと目が合ってしまった。お客様の相手をしながらも、視線だけはこちらを向いている。トパーズの瞳が私をしっかりと捉えて離さなかった。
彼の視線にはブラックコーヒーのような深みがあり、それでいてお砂糖入りのカフェオレのようなほの甘さもあった。
――よし、明日のバイトで何を考えているか問い詰めてやろう。