第8章 お茶をどうぞ、お嬢様〜執事松〜
「んじゃ、ページ開いて…」
「は、はーい」
なんでわざわざ白衣に着替えてきたんだろう?実験しないで化学反応式を教えてもらうだけなのに。もしかして一松ノリノリなのかしら?実験器具も用意してたりして。
ソファの端で体育座りしている一松の白衣姿をまじまじと観察する。
一松は動揺してるのか、黒目があっちにいったりこっちにいったりしている。試しに目が合わないかと見つめ続けたら、気を悪くしたのかそっぽを向いてしまった。
「一松?」
「……おれに教わんのがイヤなの?」
消え入りそうな声で、一松。まるで怯える獣が威嚇して牙を剥いてるみたい。
(確かに私、ジロジロ見すぎてたよね…)
「ごめんなさい、白衣が素敵だったからつい見入ってたの。一松、こっちに来て教えてくれませんか?」
笑顔で返せば、一松は舌打ちしつつも少しずつ距離を詰めてきた。一松に見えるよう教科書をずらし、ペンを渡す。微かに指先が触れ合うと、一松は面白いくらいに顔が真っ赤になった。
みんな怖がってるけど可愛いところあるじゃない。
「……で?どれ?」
相変わらずぶっきらぼうな態度だけど、不思議と不快ではなかった。
「ええと、これがどうしても解けなくて」
「どこ?」
「ここです。この化学反応式なんだけど——」
髪が邪魔だったので耳にかけ、一松の方へノートを寄せる。一松の肩がビクっとしたけど、構わず私は続けた。
「なんでほにゃほにゃがほにゃららするの?」
「ああ…、ほにゃほにゃがほにゃららして結合のペアが変わってもほにゃらにゃの数は変わらないから…」
「それは分かるんだけど、アルファベットでほにゃると頭が追いつかないの」
「あ?ほにゃらにゃの数は変わんないって言ってるでしょ?左右が同じになるようにほにゃほにゃしてほにゃほにゃすればいいだけなんだけど…」