第8章 お茶をどうぞ、お嬢様〜執事松〜
「どうしたの?」
「そうか…いや、でもっ!」
今度は顔を逸らしブツブツ独り言を始める。
「…ダメだダメなんだ!オレは主に仕える身…っ!惹かれあっても許されぬラブ!運命とはどうしてこうも皮肉なんだ…!」
「あの、何を言ってるの?」
「だがオレの魅力に気づいてしまった以上、お嬢様のハートはァンンンッ!!」
いつもの如く、話途中で視界から消えるカラ松。
「はーい時間だよーーー」
甘いと見せかけてイタイだけの謎の世界から解放された私は、起き上がり衣服の乱れを整えた。
少し離れた床を見やれば、カラ松は不意打ちのドロップキックで泡を吹いて気絶している。舌を噛んだのか泡は紅に染まっていた。
負傷したカラ松の足元に立っていたのは…
「憎き顔その4!」
「一松ですけど」
「ごめんなさい、話の都合上まずはじめは全員こう呼ばなければならないの」
「まぁずっとその呼び名でもいいけど。じゃ、クソの掃除終わったら化学なんで、期待しないで待ってて……」
「ええ、よろしくね」
ズルズルとカラ松の足を引きずりながら、一松は書斎から出て行った。
一松とは普段ほとんど話さないし、あまり笑ったところを見たことがない。屋敷内でも"なんかアブナイ奴"として使用人達からは距離を置かれている。
——勿論、六つ子以外の。
(でも、苦手科目の英語と化学を教えて欲しいと頼んだら、名乗り出たのがカラ松と一松だったんだよね。一松は人嫌いなのかと思ってたけど、意外と優しいところあるのかも)
なんて考えながらアイスコーヒーを飲んでいたら、程なくして執事服の上に白衣を着た一松が戻ってきた。