第8章 魔王の恋人 / 織田信長
薄暗く、独特の空気を放ったその牢。
信長自身が訪れる事はあまりなく、信長が牢に来た途端、中の牢人達は悲鳴を上げた。
「信長様」
牢の最奥に政宗が待っており、信長に気がつき一礼する。
「尋問は進んでいるか」
「ええ、最初はテコでも話さなかったんですが、信長様寵愛の娘と聞いた途端、せきを切ったように白状しました」
信長は牢の中に視線を向ける。
そこには簡素な着物を着た、まだ若い男が真っ青な顔をして座っていた。
信長の視線に気がつくや否や、牢の柵を握り、激しく訴える。
「お許しください! 俺はただ……」
「政宗」
男の言葉を遮るように、信長は政宗に声をかけた。
「こいつの身元は」
「舞に着物を依頼した依頼主だそうです。 針子場に来ては舞に言いよっていたと……家康が裏を取ってきました」
「家族は」
「居ません。 独り身で、仕事もせずに飲んだくれた日々を送っていたとか」
それを聞くと、信長は柵越しに男の衿元を掴みあげた。
そのまま引き寄せたため、男は柵に思いっきりぶつかり悲鳴を上げる。
「糞が、死ぬか」
その冷たい刃のような視線と言葉に、男は何も言えず押し黙った。
「言い訳もないのか、糞」
「お、俺はただ、舞が好きだっただけで…」
「気安く名を呼ぶな。 それに好いてる女をあの様な悲惨な状態にするか」
「あれは、抵抗したからヤケになって……!」
信長が手を離すと、男はどっと後ろに倒れ込んだ。
そして、信長はゆらり…と立ち上がると、
「こいつを牢から出せ。 俺が自ら手を下す」
政宗に、冷たく言い放った。
政宗は背筋が凍った。
間違いなく、この男は斬られる、と。
しかし、政宗はそのまま鍵を手をかけ牢を開ける。
「自分の不運さを呪うんだな」
悲鳴を上げる男を牢から引きずり出し、信長の足元に跪(ひざまず)かせた。
魔王を激怒させた罰だ、と。
政宗も諦め、憐れと思いながら、それを見守る。
信長は鮮やかに刀を腰から抜き放ち、男の首に突きつけた。