第4章 物語の始まりへ
「何で……大人しく殴られてるの?」
私が呆然としながら言うと、安室さんはフッと笑った。
「僕は組織にいなかったとはいえ、あなたの母親を助けられなかったことは事実ですから。せめてもの償いと思って下さい」
「そんなので……騙されるもんか!」
私が叫ぶ。と、安室さんが私の腕を引っ張った。テーブルに身を乗り出していた私は、バランスを崩して安室さんの腕の中にすっぽり収まる。
「あっ……!?」
「瀬里奈さん、意外と小さいんですね」
安室さんがくつくつと可笑しそうに笑った。私は顔が赤くなるのが自分でも分かった。
「……っ、笑ってんな!離せバカ!」
「嫌ですよ」
「なっ……!」
思わぬ言葉に私は返す言葉を失った。
「あなたの母親を助けることは出来ませんでしたが、あなたを守ることは出来ます。それでは足りませんか?」
安室さんがまっすぐ、優しい目で私を見つめた。私はその視線から逃げるように、安室の胸に顔を埋めた。
「……足りない」
安室さんの驚いた気配が伝わる。私は顔を上げて言った。
「私だけじゃない──公安警察は日本を守るための組織なんでしょ?」
そう言うと、安室さんは驚いたような顔をした。だがすぐにフッと笑い、
「瀬里奈さん、初めて笑顔を見せましたね」
そう言って嬉しそうに私の頭を撫でた。
「……呑んでもいいですか?」
私がくすりっと笑ってそう言うと、安室さんも笑って「いいですよ」と言ってくれた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「瀬里奈さん、着きましたよ」
「う……頭痛い……」
「呑み過ぎたんですね。部屋はどこです?せめてベッドまで運んであげますよ」
安室がそう言うと、瀬里奈は2階を指差した。
瀬里奈が案内してくれた部屋のベッドに彼女を寝かせる。ふう、と小さく息をつくと、瀬里奈はベッドの中で顔をしかめ、安室の服の袖を掴んだ。
具合でも悪いのか、と思ったが違う。夢を見ているのだ。それも辛い夢を。
「だ……め、みんな……そっちへ行っちゃダメ……」
はぁ、はぁと息が荒くなる。
「新一……蘭ちゃん……お父さん……お母さん……──ママ……ッ!!!」
瀬里奈はそれきり静かに寝息を立て始めた。