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【薄桜鬼】桜飴 (短編集)

第2章 山茶花(サザンカ)-風間千景-


「、くれぐれも失礼のないようにな。」

江戸のお城へ奉公に出ていた私は、この不安定なご時世を心配した呉服店を営む祖父に呼び戻された。

裕福な商人の息子として育った父は、商いには更々向いていなくて、財産目当てで嫁がされた武家の娘だった母も、同じく全く商人としての資質がないらしい。

私が幼くして江戸城に奉公に出されたのは、老舗であるこの呉服店の後継者としての修行のようなものだった。

そして…これから店主である祖父に連れられて、大切なお客様のお屋敷まで行くみたい。

いつもよりそわそわと落ち着かない祖父がなんだか滑稽で…緊張どころか少し気楽になった。

普段は賊を怖れて通らないような山道を行く。

日が落ちかけて、少しあたりは薄暗い。

「おじいちゃん…こんな場所に?」

少し…かなり不安になって、あたりの様子を伺えば、先頭を行く馬が止まった。

「ここから先はご案内致します。」

低い声の主は天霧と名乗り、無言のまま私達を先導して行く。

荷車や馬は通る事が出来ず、置いて行かねばならないという。

「この馬や車の無事は補償致しますのでご安心を。」

にこりとも笑わないこの男性を信用していいものか迷っている私とは別に、祖父は全く疑う様子もなくにこにこと笑顔を振りまいてる。


途中、暗くなった山道に、カラスが飛び立つ音にびっくりした私は、足首を少し捻ってしまった。

「お嬢さん、大丈夫ですか?」

後ろも振り返らずに歩いていた天霧と名乗る男性は、いつの間にか私の目の前にかがんでいて、

「足場が悪くて申し訳ありません。よければ抱えてお連れいたします。…失礼」

そう言って、足首にその手が触れる。

「大事ではなさそうですが、少し腫れています。ご無理なさらない方がいいかと。」

淡々と放たれる低い声に、

「お気遣いありがとうございます。ですが大丈夫です。先を急ぎましょう。」

と応えて立ち上がった。

抱えるだなんて…そんな恥ずかしいことしてもらうわけにいかないし…それに商談に来てる身分で借りを作るのはよくないもの。

ずきり、とする足首に嘘をついて、何事も無かったように歩を進めた。
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